「音楽を聴きながらやったほうがはかどる」は気のせい

 結論から言ってしまうと、音楽を聴いたりテレビを見たりしながら勉強するのはNGです。なぜかというと、音楽を聴くことやテレビを見ることにワーキングメモリが持っていかれて、勉強の質が下がるからです。

 具体的に挙げると、

  • 作業が遅くなる
  • 作業のミスが増える
  • やった内容が記憶に残らなくなる

といったことが起こります。

 マルチタスクについてのある研究が示した数値では、シングルタスクに比べて作業時間が1.5倍になり、作業ミスも1.5倍に増えたそうです。「音楽を聴きながらやったほうがはかどる」というのは明らかに気のせいで、実際には「音楽を聴いて気を紛らわせているから時間が短く感じているだけ」なのです。

 すでに塾で習っていて簡単に解ける問題や、もはや練習する必要がないのにやらされている学校の宿題など。質は問わず、終わらせることに意義があるという場合であれば、退屈な苦行の気を紛らわせるために音楽を聴きながら宿題をすることも、百歩譲ってアリかもしれません。

 しかし、できるようになることが目的であるちゃんとした勉強であるならば、こうした「ながら勉強」は絶対にしてはいけません。ジャズやクラシックなどのBGMも、「聞こえてくる」けれども「気にならない」状態であればよいのですが、そうした音楽が好きで「聴き入ってしまう」ようだと、勉強や仕事の妨げになるので気をつけてください。

「ながら勉強」は集中力の低下にもつながる

 そしてさらに、実は「ながら勉強」にはもう1つ怖い問題点があります。それは、そのときにやっている勉強の質が低下するだけではなく、長期的に見て脳の働きを悪くしてしまう可能性があることです。

 スタンフォード大学の研究チームがこんな実験を行いました。平均21歳の若い男女80人を集めて、さまざまなものが映った映像を記憶して、どれくらい覚えているかを調べました。その際に、脳波(EEG)で脳の活動を計測し、目の動きも観察して、参加者の注意力の変化をチェックしました。その結果、「注意力が散漫になっていた人ほど覚えられる量が少なかった」という当然の結果になりました。

 この実験の重要なポイントはここからで、80人の参加者全員に「普段からどれくらい気が散りやすいか」「マルチタスクをどれくらい行っているか」などのアンケートを行い、分析を行いました。その結果、「普段から複数のメディアを同時に見たりする『マルチタスク』をしていた人ほど集中力が低く、気が散りやすい」という傾向がわかりました。

 つまり、日ごろからマルチタスクをしている人は集中力が衰えて、いざ集中して記憶しようと思っても、気が散りやすくて覚えることができないと考えられます。

 私たち指導者は、授業中に集中できていない子は見ていてわかりますが、やはりそういう子は教えたことをなかなか覚えられず、成績が上がりません。SAPIXで最上位クラスと最下位クラスの両方を指導したときを思い出しても、授業中の生徒たちの集中力にはハッキリとした差がありました。

 個別指導なら集中力が切れたときにサポートすることもできますが、集団授業の中では限界があり、結局本人の集中力が成績に直結してしまうということですね。

日常生活が集中力に違いを生む

 そして、その集中力がある子とない子の違いは、もしかしたら日常生活の中にあるのかもしれません。例えば、リビングでテレビをつけっ放しの状態でマンガを読んで、あっちを見たりこっちを見たりしている子は、そういう注意散漫な状態に脳が慣れてしまって、集中力が衰えてしまうのはなんとなく納得できる話です。

 一応補足しておくと、この研究からわかったことはあくまでも相関関係で、マルチタスクが原因で集中力が衰えるとは断言できないと研究者たちも言っています。元々いろいろなものに興味が移りやすい注意力散漫な人が、マルチタスクを好むという逆の因果関係もあり得るからです。

 ただ、「使わない能力は衰える」「繰り返す行動は習慣になる」という人間のメカニズムからすると、集中力は使わなければ衰えるし、マルチタスクを繰り返したらそれが習慣になるという可能性は高いと思います。ですからマルチタスクはせずに、一つひとつの作業に集中する習慣を作ったほうが、勉強した内容をすぐに覚えられる、記憶力が優れた人になるためにはよいのだろうと思います。

まとめ

 お子さんが「ながら勉強」をしているようであれば、以下の内容をお伝えください。

  • 音楽を聴きながら勉強したりする「ながら勉強」は、終わらせるのにかかる時間が1.5倍に長くなり、しかもミスが1.5倍に増えて解き直しの手間も増える。
  • 「ながら勉強」に脳が慣れてしまうと集中力が衰えて、授業を受けたり自分で勉強したりするときにも集中できなくなり、その結果記憶力が低下してしまい、勉強しても勉強しても成績が上がらない人生になってしまうという恐ろしい可能性がある。
声かけの例

 勉強するのがつらくて、少しでも気を紛らわせたいという気持ちはとてもよくわかるよ。でも、それをやると苦痛な時間が長引くことになるよ。

 そのうえ勉強が苦手な脳になってしまうので、今だけでなく、この先ますます勉強でつらい思いをし続けなければならないかもしれない。

 そのことを踏まえたうえで、自分にとって得なやり方を選ぶようにしよう。

最後にあらためて

 子どもには「何をするべきか」ではなく、「なぜそうしたほうがよいのか」を教えてあげましょう。子どもには子どもなりの考えがあって、自分の行動を選択しています。

 行動を否定しても行動は変わりません。考えを変えるための判断材料を与えてあげてくださいね。

 それでは。