東京都は所得制限を2024年度から撤廃

 まず、東京都の動きを見てみましょう。都内在住で、私立高校等に在学する生徒の保護者の所得制限を2024年度から撤廃し、国の支援金と都の支援金を合わせて、都内私立高校平均授業料相当を上限に助成することになりました。

東京都の私立高校修学支援制度2023年
東京都の私立高校修学支援制度2024年
※文部科学省「都道府県別 私立高校生(全日制)への修学支援事業」(令和5年度令和6年度)をもとに東京個別指導学院が作成

 この「私立高等学校等特別奨学金補助」に、東京都は2024年度に約600億円、2025年度に約643億円の予算を計上しています。

*「令和7年度(2025年度)東京都予算案の概要」より

 当制度により、都内の高校受験生の志望校選択にどのような変化があったのかを見てみましょう。

東京都の高校授業料所得制限撤廃で、都立第一志望者が60%割れ

 下のグラフは、東京都中学校長会進路対策委員会が12月に調査している、公立中学校に在籍する3年生を対象とした、第一志望高校の種類の割合推移を示したものです。2023年度と2024年度では大きな変化が見られません。これは、「所得制限撤廃」の方針が都知事から発表されたのが2023年12月で、2024年度の高校受験生・保護者への周知期間が短かったことや、中学校の三者面談において、11月の段階で受験校を決定した後の発表だったことによるものだと思われます。

 しかし、2024年7月に東京都議会選挙・東京都知事選挙が行われ、「所得制限撤廃」を成果として訴える政党もあったことから、都民に広く周知されました。その結果、志望校の動向に大きな変化がありました。

都内公立中3生の第一志望校調査結果
※東京都中学校長会進路対策委員会「都立高校全日制等志望予定(第1志望)調査の結果」(各年度)をもとに東京個別指導学院が作成

 卒業予定者数に対する都立全日制への志望者の割合は、近年徐々に低下していたのですが、2023年度以降63.54%→63.29%→58.72%と推移し、2025年度はとうとう60%を割り込みました。前年度と比較して4.57ポイント減少したことになります。一方、国私立志望者の割合は2024年度24.64%から2025年度28.96%と、4.32ポイント上昇しました。そして、都立以外の通信制高校第一志望者の割合は2024年度4.71%から2025年度4.98%と、0.27ポイント増加しています。

 国私立と通信制を合わせると4.32+0.27=4.59ポイントとなります。都立全日制の減少分は4.57ポイントでしたので、国私立と都立以外の通信制に流れたということがわかります。

都立高校受検者が約4,100人減

 では、第一志望校調査ではなく、実際の都立入試ではどのような動きがあったのかを見てみましょう。東京都の高校入試は2025年度の場合、以下のような日程で行われました。

Ⓐ私立高校の推薦入試:1月22日~→合格した場合、他校を受験・受検しない
Ⓑ都立高校の推薦入試:1月26日(~27日)→合格した場合は他校を受験・受検しない
Ⓒ私立高校の一般入試:2月10日~→私立が第一志望の場合、都立一般入試を受検しない場合がほとんど
Ⓓ都立高校の一般入試:2月21日→都立第一志望者や私立不合格者が受検する場合がほとんど
Ⓔ都立高校の分割後期入試・二次募集:3月11日

 都内公立中学校卒業予定者数を見ると、2023年度春は77,692人、2024年度は78,108人、2025年度は77,856人で、都の就学支援制度拡充前の2023年度と、拡充が広く周知された2025年度でほぼ同じ卒業生数です。そこで、両年度の「推薦に基づく選抜」(Ⓑ)の合格者と、「第1次募集と分割前期募集の学力検査」の受検者数(Ⓓ)の和(以下「人数」)を比較してみました。

都立推薦合格者数・前期受験者数

※東京都教育委員会「東京都立高等学校入学者選抜受検状況(令和5年度令和7年度)」をもとに東京個別指導学院が作成

※偏差値は各年度当時の進学研究会(Vもぎ)の合格可能性60%偏差値(2023年度は男女偏差値の平均)

 最難関都立高校である「進学指導重点校」(日比谷高校や西高校など7校)の人数は一昨年対比93%、二番手の「進学指導特別推進校」(新宿高校や国際高校など7校)も93%ですが、三番手の「進学指導推進校」(三田高校や竹早高校など15校)の人数は89%と9割を下回ります。入試難易度や大学合格実績で難関都立高校に匹敵する私立高校もありますが、私立高校の多くは中学校を併設している高校です。併設中学校からの内部進学生と一緒に学ぶよりも、高1から同じスタートラインに立って一緒に学んでいきたいと考える受検生も一定数存在しますので、減少幅が小さかったのではないかと思われます。

 次に、偏差値30台の高校の人数は99%とほとんど変わっていません。これらの層の高校の多くは専門学科です。都内には商業科や工業科といった専門学科を設置している私立高校は数校しかありません。私立高校と競合することはほとんどないのです。高校で「手に職をつけたい」、授業料以外の費用も考慮して「受検難易度を下げても、何としても都立高校に進学したい」受検生が一定数存在することが、人数の変化がほとんどなかった原因だと思われます。

 そして、学力検査を実施しない高校の人数は一昨年対比104%と増えています。これらの学校は小中学校時代に不登校などを経験した生徒、学ぶ意味を見いだせなかった生徒、発達上の特性がある生徒などを受け入れる高校(チャレンジスクールやエンカレッジスクール)です。これらの都立高校も通学制私立高校との競合が少ない学校です。

私立に流れた受験生の7割以上は、偏差値40~50台のボリュームゾーン

 減少率が最も大きかったのは偏差値40~50台の都立高校で、一昨年対比87%と約3,000人も減少しています。この偏差値50前後の層が私立高校に流れたと考えてよいでしょう。該当する偏差値層の私立高校普通科は数多くあります。

 入試難易度が同程度の都立高校と私立高校を比較して、学費面での優位性以外に教育内容や通いやすさ、進学実績において私立高校に魅力を感じた家庭は私立高校を選択したでしょう。また、私立高校の推薦や単願基準を満たしている受験生は、都立高校よりワンランク上の高校への合格可能性が高まるので、私立高校を選択するといったケースも数多くあったようです。

 東京都も海外探究フィールドワークも含む探究的な学習方法の定着に向けたプログラムの実施や、生徒用机・椅子等の備品の更新、教科・科目等の内容を超えた学びの提供、昼食提供環境の整備促進等に、2025年度は新規予算を計上して都立高校の魅力向上の取り組みに努めていますが、全体的に見るとこれらの取り組みは私立高校のほうが先行しているように感じられます。

 私立高校は創立理念に基づいた学校の個性を強く打ち出し、迅速に教育内容や課程を変更することができます。これからの時代に合った教育を受けたい・受けさせたい受験生や保護者にとって、魅力的に感じる私立高校があったということではないでしょうか。そして、授業料がそれほど変わらないのであれば、都立高校より私立高校を第一志望とする受験生・保護者が増えたということでしょう。

就学支援対象となる私立高校が現状では県ごとに異なる

 東京都だけでなく、国の就学支援とは別に、多くの都道府県が独自の就学支援制度を設けています。東京都の例と比較すると、目安年収の基準や支援金額が異なることがわかります。

 例えば、神奈川県の場合、多子世帯(23歳未満の扶養している子どもが3人以上いる世帯)は、年収約910万円未満なら、46万8,000円を上限に支援しています。

神奈川県の私立高校修学支援制度2024年
※文部科学省「令和6年度 都道府県別 私立高校生(全日制)への修学支援事業」をもとに東京個別指導学院が作成

 注意すべき点はそれだけでなく、対象となる私立高校も異なることです。

 2024年度の東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県の私立高校生(全日制)の場合を見てみましょう。埼玉県と神奈川県は、保護者および生徒が県内在住で、県内所在の高校に通う生徒が対象です。そのため、埼玉県や神奈川県の生徒が都内私立高校に進学する場合は、県独自の就学支援は受けられません。これに対して千葉県は、保護者および生徒が県内・県外いずれに在住していても、県内所在の高校に通う生徒が対象となります。例えば、埼玉県在住の生徒が千葉県の私立高校に進学する場合は、就学支援の対象となります。

都県独自の私立高校就学支援制度対象校の違い

※文部科学省「令和6年度 都道府県別 私立高校生(全日制)への修学支援事業」をもとに東京個別指導学院が作成

 東京都の場合は、保護者および生徒が都内在住であれば、都内・都外双方の私立高校に通う生徒が就学支援の対象となるため、私立高校の選択の幅が最も広いと言えます。このように、都道府県独自の就学学支援制度には差異が存在します。

国の就学支援制度拡充により、私立高校の選択肢が拡大する

 2025年3月3日に自民党・公明党・日本維新の会の与野党3党による党首会談が行われ、3党の合意により、2025年度は公立授業料の目安となる支援金11万8,800円の所得制限が撤廃されることになりました。さらに2026年度からは、私立高校に加算されている国の支援金39万6,000円についても所得制限を外し、支援金額を私立授業料の全国平均45万7,000円への引き上げも検討中です。 文部科学省が作成した「高等学校等就学支援金・高校生臨時支援金リーフレット」によると、この2025年度の所得制限撤廃は「高校生等臨時支援金」として2025年度限りの予算事業、2026年度からの所得制限撤廃や私立高校等の加算額を含めたいわゆる「高校授業料に無償化」は別途検討中とされています。

国の支援~2024年
国の支援2025年~
※公明党HP「党子育てプラン具体化 教育に関する3党合意のポイント」をもとに東京個別指導学院が作成
国の支援2026年~
※公明党HP「党子育てプラン具体化 教育に関する3党合意のポイント」をもとに東京個別指導学院が作成

 これにより、どこに住んでいても、どこの私立高校に通っても、所得制限なく一定額の就学支援を受けられる方向で検討中です。このことは、2025年度予算案を巡る議論が頻繁に報道され、今年行われる参議院議員選挙の選挙戦の中で「成果」として訴える政党も予想されることから、多くの保護者や中学生に知れ渡ることと思います。

 実現すれば東京都の例のように、保護者の収入などの経済環境に左右されず、選択肢の幅が広がります。公立高校への志望者は減少し、特に首都圏・関西圏など私立高校の多い地域では私立志向が強まり、学費面以外に優位性や特色がない公立高校の倍率低下や、入学定員割れ校の増加が予想されます。

2026年度以降の国の私立高校就学支援対象校
2026年度以降の国の私立高校就学支援対象校

 さらに、神奈川・埼玉・千葉各県の東京都隣接地域の受験生が国の支援策の拡充・拡大により、県内の私立高校ではなく都内の私立高校を志望するケースが増えると思います。このため、特に都内私立高校への志願者が増え、私立高校同士の競争も激化するでしょう。

2026年度高校受験生の保護者が留意すべき4点

【1】高校調べは今から始める

 特に私立高校については、わが子に合った学校の選択肢がより広がります。大都市圏では交通網が発達しているため、居住都府県以外の私立高校も検討範囲に含めやすくなります。このため、従来よりも多くの学校のHPを参照したり、実際に足を運んだりして学校研究をする必要があります。

 選択肢が広がるということは、お子さまに合った学校選び=マッチングが充実した高校生活のカギとなります。受験校を決定する時期は従来と変わらなくても、受験校を検討する時期は早まっていくでしょう。私立高校では、春の段階から「入試報告会」「施設見学会」「合同説明会」などを実施しています。保護者の学校情報集めは、春のうちから始めることをお勧めします。

【2】初年度・卒業までにいくら必要か調べておく

「高校無償化」という表現で報道されることも多いのですが、就学支援対象となるのは基本的に授業料のみです。制服・教科書・副教材の費用、施設設備費・タブレットやノートパソコン代、修学旅行費用などは別途必要となり、一般的に私立高校のほうが公立高校よりも高額になります。また、学校によってもこれらの費用は異なります。初年度に総額いくら必要か、卒業までの総額がいくらくらい必要になるのかは、必ず確認しておきましょう。

【3】私立高校の各種基準の確認を行う 

 私立高校生への国の支援額の増加が決まれば、私立高校への志望者は全体的に増えると思われます。人気のある私立高校は、より優秀な生徒を集めるために中学校での評定や資格検定による推薦基準・単願(専願)基準・併願基準といった各種基準を、前年よりも上げる学校が出てくるでしょう。各種基準は早い学校で春のイベント時に、遅くとも9月頃には募集要項として正式発表されますので、各校の入試要項を学校HPで確認し、お子さまの評定等が基準を満たしているかどうかの確認をしておきましょう。

【4】早期から模擬試験を受験させて志望動向を把握する 

 公立・私立を問わず、各校の人気の差異が入試難易度に変化をもたらす可能性があります。つまり、思わぬ学校が入りやすく、あるいは入りにくくなることが出てきそうです。2026年度の高校受験生は、早期から各都道府県を代表する模擬試験の受験をお勧めします。模擬試験の合格可能性判定は受験生の志望動向も加味して出されますから、進学したい候補となる学校とお子さまの現状の学力との距離感を把握することができます。

 上記の4点は、保護者や中学校の先生でもなかなか把握しきれないことがあります。その場合は、信頼できる塾の先生に相談することをお勧めします。