日本の労働市場はどうなる?
2022年5月31日に経済産業省は「未来人材ビジョン」を公表しました。日本の労働人口は2050年に現在の約3分の2に減少し、AI・ロボット技術の進展により職種の自動化が進み、労働市場の「両極化」(高スキル・低スキル職の増加、中スキル職の減少)が進行し、高度外国人材から「選ばれる国」になる必要がある、といった問題意識が述べられています。
そして、労働需要は、
・事務職・販売職:大幅に減少(事務職は42%減少、販売職は26%減少)
・情報処理・通信技術者:20%増加
・開発・製造技術者:11%増加
・卸売・小売業:27%減少
・製造業:1%減少
と推計されています。
「問題発見力」や「的確な予測」等が求められるエンジニアのような職種、AIやロボットでは代替しづらい職種や、新たな技術開発を担う職種の需要が増加する一方、事務・販売といった職種に対する需要は減少するということでしょう。
2050年に必要な力はこれだ!
このような社会の変化に対して、これからの時代に必要とされる能力やスキルも発表されています。
【図1】56項目からなる人の能力に対する需要
また、日本経済団体連合会(経団連)は2025年2月18日に「2040年を見据えた教育改革~個の主体性を活かし持続可能な未来を築く~」を発表しました。この中でも「求められる主要な教育改革」について言及されていますが、最初に「(1)多様性・好奇心・探究力を中心に個を磨き育む初等中等教育への転換、①好奇心や探究力を育てる個を尊重した初等中等教育改革」を取り上げています。そして「産業界では、自ら課題を見つけて解決策を導き出し、行動する力を求めている。」「各児童生徒の興味・関心を伸ばし、探究力を身に付ける教育が重要である。」と、探究学習の重要性について触れています。
文部科学省が「総合的な探究の時間」を必修化
「未来人材ビジョン」には「これからの時代に必要となる具体的な能力やスキルを示し、今働いている方、これから働き手になる学生、教育機関等、多くの方々に伝えることで、それぞれが変わっていくべき方向性が明確になるのではないか。こうした問題意識から、本会議は出発した。」とありますが、文部科学省も「これからの時代に必要となる具体的な能力やスキル」を育成する学習指導要領を2020年度より小学校から順次実施しています。
特に高等学校では「総合的な探究の時間」が2022年度から必修化されました。主に実社会の問題を扱い、教科横断的な学び(環境、福祉、国際理解、情報など)を通じて、自己の生き方について考える力を育てることを目的に、自ら問いを立て、考え、表現する力を育成しようとする時間です(また、新たな探究的科目として、「理数探究基礎」および「理数探究」が新設されました)。
【図2】探究における生徒の学習の姿
「総合的な探究の時間」では、生徒自らが課題を設定し、情報を集め、分析・表現するプロセスを重視しています。そして、最終的には、実社会で活用できる「生きる力」や、未来を生きるために「自己の在り方・生き方」を考え、探究する力を育むことを目的としています。これらの要素は【図1】で示されている、2050年に求められる能力需要の多くと一致していることがわかります。
東京都は、ミネルバ大学(米国)と包括連携協定を2025年9月8日に締結しました。その目的のひとつが、「探究的な学びの充実と進路意識の向上」なのです。ミネルバ大学の学生が都立高校を訪問し、探究活動を支援する特別講座を実施する予定で、公教育でも探究活動の質向上を目指す動きが見られます。
「探究学習」に課題を抱えている学校が9割
認定NPO法人カタリバが、生徒たちの探究学習をサポートしている高等学校教員340名を対象に、感じている課題などについて調査したところ、探究学習を推進する校内組織の設置は8割超にのぼるものの、推進担当教員の9割超が依然「課題を感じている」と回答していることがわかりました。課題と感じていることの上位3項目は「授業案やカリキュラムの設計」「調べ学習で終わってしまう」「校内で探究学習への理解が広がらない」という結果が出ています。
また、先に触れた経団連の「2040年を見据えた教育改革」でも、「生徒が自らの興味や適性に応じた課題に取り組む探究的な学びは、様々な学校で新たに生まれているが、約1700の地方公共団体、約3万5000の小・中・高等学校すべてで十二分に展開できているわけではない」と現状に触れています。
確かに高校を訪問してみると、「探究学習は必修なので一応やっているが、大学受験一般選抜に向けての対策授業でカリキュラムがいっぱい」「探究学習は手間がかかるので、探究学習プログラムを開発している民間企業にほぼ丸投げ状態で、教科・科目学習と探究学習は連動していない」「探究の時間数が少ないため、タブレット等で情報を調べて、パワーポイントでまとめ、発表するだけで終わっている」といった学校は少なくありません。
「答えのない課題に対して教員がどう向き合ってよいのかわからない」「生徒が自由に課題設定をすると、対応できる教員がいないので、教員が対応できる課題を学校が決めてしまっている」という声も聞きます。これまで初等・中等教育の教員は「答えがすでに出ている課題(問題)」の解法や、答えを生徒に教えていれば授業が成立していましたが、探究の場合はそうはいきません。戸惑い、積極的になれない先生方がいるのも理解できます。
また、生徒に日常生活や社会への関心、前提となる基礎的な教科・科目知識がなければ、「問い」「課題」を自ら設定できないことも理由にあるのではないかと感じています。【図2】の、探究のサイクルのスタートからつまずいてしまうのです。実際、高大連携教育で高校生の探究学習をサポートしている複数の大学教員からも「高等学校によって基礎知識の習得度がまったく異なるので、想定していた探究レベルに到達しないまま終了してしまうことがある」という話を聞いたことがあります。
「未来人材ビジョン」でも、「デジタル時代では、教育を①「知識」の習得と、②「探究(“知恵”)力」の鍛錬 という2つの機能に分け、レイヤー構造として捉え直すべきではないか。」とされています。①も②も両方必要なのです。
「探究学習」が進化・深化する学校もある
一方、探究学習がうまくいっている学校では、大学との中高大連携、企業とのコラボレーション、コ―ディネーターの活用など、外部リソースの活用に熱心です。中には大学教育の前倒しではないかと感じてしまうような課題に取り組んでいる学校に加え、すでに答えの出ているテーマは設定させない学校、高度な探究活動に対応できる教員(例えば修士・博士課程を修了した教員)や退職した大学教員を積極的に迎え入れる学校まであります。
さらに、外部の探究活動コンクールへの生徒の参加を積極的に後押ししたり、探究成果論文・成果物・ポスターセッションで使用した資料を校内掲示したりするなどして、探究学習の浸透や校内風土の醸成に工夫を凝らしています。
また、探究活動には失敗や試行錯誤がつきものです。立てた仮説通りの分析結果が得られるとは限らず、失敗の中から学び、「ではこうしたら、こう考えたらどうだろう」と再度トライしてみるというプロセスは避けて通れません。個人的な感覚ですが、探究学習に熱心な学校ほど「失敗したっていいじゃないか」「どんどん失敗してそこから学びなさい」「いざとなったら先生が責任を取るから」といったように、「失敗しても大丈夫」という心理的安全性が生徒―教師(学校)間で確保されているように感じます。
そしてそれは、「生徒の好きなことを伸ばす」教育方針の学校に多いように思います。生徒にとって興味・関心があること、好きなことを課題に設定できるとなると、生徒は夢中になって取り組みます。「放課後に居残りして探究を続ける生徒や、帰宅後も文献調べや資料作りをしている生徒もいる」と、探究学習が軌道に乗っている学校のある先生はおっしゃいます。教員が後押ししなくても、生徒自らが研究機関や大学にコンタクトを取り、話を聞きに行って学びを深めたり、コンクールに申し込みをして成果を発表したりと、自走する生徒が増えている学校もあります。
生徒が行っている探究学習への教員のサポートも見逃せません。素晴らしい探究学習をしていても、外部のコンクールで好成績を上げたり、(「ほぼ全入」ではなく選抜機能が働いている)「総合型選抜」や「学校推薦型選抜」で探究成果を武器にしたりするためには、成果物やプレゼンテーションのブラッシュアップが必要です。このようなアウトプット面での教員の指導に力が入っている学校が多いように思います。
自分の進路や顕彰歴につながっていくとなれば、生徒は探究学習にますます力が入りますし、学校側も「勝たせるためのノウハウ」を蓄積でき、下級生への指導にも活かせます。このように、探究学習がうまくいっている学校は、ますます探究学習を進化・深化できる好循環が生まれていくのです。
次期学習指導要領で探究格差はさらに広まる?
2024年12月25日に「初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について」の諮問が文部科学省から中央教育審議会に対して出されました。そして、諮問に対しての答申を2026年度中に受ける予定で、2030年度以降、小学校から順次、新しい学習指導要領を実施する意向があるようです。そうすると、従来の流れでは、中学校の全面実施は2031年度、高等学校は2032年度から年次進行で実施されていくものと思われます。
現在、中央教育審議会教育課程部会の教育課程企画特別部会では、次期学習指導要領の検討が行われており、その中で、「探究の“質”を高める」ことも議論されています。
ここで「柔軟な教育課程による余白」というように、「余白」という文言が入っています。各教科の標準授業時数を一定範囲で調整し、生み出された時間を他教科や児童生徒の個性や特性に応じた「裁量的な時間」に充てることを可能にし、教育の質向上と教師・児童生徒の余白創出を目指す「調整授業時数制度」のことを指しているのですが、これにより、学習の「量から質」への転換を図ろうとしているのです。
現在でも、「教育課程特例校制度」や「授業時数特例校制度」などで新教科の設定や授業時間数の増減ができる制度はありますが、「特例」ではなく、どの学校も利用できるようになります。わかりやすく言うとカリキュラムを規制緩和するので、余白の時間をどう使うかは、各学校(と履修する生徒)で考えなさいということでしょうか。
文部科学省は「調整授業時数制度」について、来年度から研究校で先行実施を始めると発表しており、同省の「本気度」がうかがえます。
これまでは、教科ごとの標準時数を下回ることができなかったため、探究学習に力を入れようとする場合、特例校以外は標準時数に上乗せするしか方策はなく、時間割がパンパンに膨れ上がり、生徒の負担を招いていました。しかし、次期学習指導要領下(まだ論点整理の段階ですが)では、総時数を増やすことなく、探究学習やそれに類した学校設定科目の時間を多く配分できるようになる可能性があります。
高等学校の場合、現在でも校長は、生徒の大学、高等専門学校、専修学校(高等課程・専門課程)等における学修を高等学校における科目の履修とみなし、36単位まで認定することができますが、次期学習指導要領が議論通りに決まれば、探究学習を深めるために高等学校在学中から大学等に飛び出して学びやすくなります。並行して高等学校においては、単位の増減をより細かく調整できるように、年間の単位数を細分化する(74単位を分割し148単位にする)ことで、学期ごとの単位認定を容易にすることも検討されています。これも、学校外での学びを加速しやすい環境になると言えるでしょう。その結果、探究学習に熱心な学校ほど、それを後押しするカリキュラム編成を行うのではないでしょうか。
探究学習が進路を左右する時代へ!保護者が知るべき学校の見極め方
現在の12歳が36歳になる頃、15歳が39歳になる頃に2050年はやってきます。中高生時代にどれだけ探究学習を深める環境で過ごしてきたか、どれだけ探究学習を熱心にやってきたかどうかで、2050年代を生き抜けるかどうかにも影響すると思います。そういった意味で、「探究学習」を重視する度合いは、中高の進路選択の重要なポイントになるでしょう。
現在、私立中学・高等学校の入学案内パンフレットや資料、HPを見ると、「グローバル教育」「ICT教育」「探究学習」などの文言をどの学校でも並べています。校名を隠せば、どの学校のパンフレットなのかわからなくなるくらいです。だからこそ、関心を持った学校には直接足を運んで、生徒の様子と教員のスタンス、学校の掲示物や雰囲気を確認しておくことが必要なのです。
そして、直近ではないものの、学校選びにおいて、各学校の「教育課程表」の確認が重要なポイントになってくるでしょう。各学校の教育方針に基づくカリキュラム設計力が問われる時代になり、特に私立学校のカリキュラム編成は今以上に多様化していくと予想されるからです。

