大学入試は緩和傾向でも医学部医学科は狭き門
近年、日本では少子化が深刻な社会問題となっており、大学全体の志願者数は減少傾向、大学入試も全体的には緩和(易化)傾向にあります。そして、2021年度は新型コロナウイルスの影響により、大学全体・医学部医学科とも実質倍率が大きく低下しました。大学全体では以後も低下傾向が続いていますが、しかし、そのような状況下においても医学部の人気(実質倍率)は回復し、むしろ競争は激化しています。
医学部医学科が人気の5つの理由
医学部医学科の人気には、いくつか理由があります。
第一に、医師という職業の安定性と収入面が挙げられます。医師は国家資格を有する専門職ですので、社会的地位が高く、経済的にも多くの他職業より安定しています。また、医師には定年がなく、長期間にわたって働けます。
第二に、高齢化による医療ニーズの増加が医学部人気の理由となっています。日本は世界でも有数の高齢化社会であり、医療の需要が高いのです。
第三に、新型コロナウイルスの流行により、医師が社会の最前線で活躍する姿が広く報道されました。そこで、多くの若者が「人の命を守る仕事」に対する憧れや使命感を抱き、意義深さを感じるようになりました。医師を目指す受験生が増えたことにより、【図1】で示した通り、コロナ禍以降、医学部医学科の実質倍率は回復し、2019年を超えるまでになっています。
第四に、女性志願者の増加も医学部人気の原因のひとつであると言えます。女性の社会進出が進み、医療現場では女性医師の活躍が広がっています。柔軟な勤務体系や院内保育など、働きやすい環境の整備が進んでいることに加え、他職業よりもキャリア中断後の復帰が容易な点も見逃せません。
【図2】は医学部医学科の延べ受験者数の推移を性別に分けて示したグラフですが、2022年度から2024年度にかけて、男子延べ受験者数6,075名増に対して、女子は1万0040名増と大きく伸びています。実績面でも、大学通信ONLINE「私立31医学科に強い高校2025」によると、合格者数の多いTOP3は豊島岡女子学園、桜蔭、四天王寺と、女子校が独占しました。
第五に、私立医学部の学費引き下げや奨学金制度の充実も、医学部受験と進学のハードルを下げる理由のひとつとなっています。2023年度の私立大学医学部医学科の平均入学金は136万0098円、初年度授業料265万6053円、施設費106万3284円で計507万9434円。実験実習料・その他も含めた合計で683万1051円と高額です(文部科学省「令和5年度 私立大学入学者に係る初年度学生納付金等平均額(定員1人当たり)の調査結果について」)。高額な学費が進学障壁となっていましたが、近年では経済的支援(各大学や地域組織、医療関係グループ等)が充実し、より多くの学生が医学部を目指せる環境が整ってきています。
特に「医学部地域枠」(特定地域の医師不足を解消するために設けられた特別な入試枠で、卒業後にその地域で一定期間医療に従事することが条件)では、学費免除や奨学金の返済免除などの制度があります。また、藤田医科大学のように、2026年度から医学部の学費を6年間の総額で約30%(828万円)値下げする大学も出てきて、経済的負担を軽減する仕組みが整備されつつあります。
このような理由から、医学部医学科の人気は、社会的・経済的・教育的な要因が複合的に絡み合って形成されており、当面はその傾向が続くと思われます。
149倍も!医学部医学科の倍率は別格~中高からの進学ルートと最新事情
中高一貫校や高等学校のHPで公開されている合格実績校を見ると、「医学部医学科」の実績を強調している学校は少なくなく、中高選びにおいて医学部医学科の合格実績を検討材料にしている受験生・保護者が少なくないことがうかがえます。
私立中高で「医学部進学コース」を設置している学校は少なくありませんが、淑徳与野中学は2024年度入試から「医進コース」を新設して、2025年度の医進特別入試では700名近い受験者が集まり、実質倍率は2.91倍と非常に高い人気となりました。
医学部医学科の一般選抜は、特に首都圏の大学では高倍率となります。後期入試や共通テスト利用入試は高倍率になりがちですが、聖マリアンナ医科大学では2025年度の実質倍率が100倍を超え、メインとなる前期入試でも35.7倍(前年は38.6倍)になっています。その他の大学でも10倍を超える大学が目立ちます。早稲田大学の一般選抜実質倍率が4.98倍(2025年度入試全学部合計)、慶応義塾大学で3.70倍ですから、医学部医学科の入試の厳しさは別格と言えます。
【表1】2025年度首都圏一般選抜(地域枠除く)の実質倍率例
一般選抜だけではなく、系列(附属・系属)大学への内部進学も、医学部医学科は激戦です。系列大学の医学部医学科に進学できるのは、慶應義塾大学系で約3%という厳しさです。
【表2】大学付属校等の系列進学状況(首都圏高校)
2024年から順天堂大学の系属校となった宝仙学園順天堂大学系属理数インター中学校・高等学校は、順天堂大学医学部医学科への内部進学枠が設けられ(人数未決定)、2025年度から「医学進学コース」が中高で同時スタートしました。「医学進学コース」の各学年の定員は25名と少数なので、仮に1名であっても4%、2名ならば8%となります。【表2】の状況を見ると、内部進学占有率は高くなると言えましょう。
さらに、2026年度から順天中学校・⾼等学校は、北⾥研究所・北⾥⼤学の系列校となり、校名を「北⾥⼤学附属順天中学校・⾼等学校」として、医学部医学科を含めた内部進学制度の設定を⾏います。2025年小6第4回合判模試(首都圏模試)の志望校動向でも、昨年同時期と比較して志望者増加数ランキングで男子8位、女子5位と高順位にあるのは、来春からの附属校化が影響している可能性があります。2025年10月末日時点で内部進学制度の詳細は発表されていませんが、正式に発表されたならば、さらに注目を集めることでしょう。
指定校推薦はどうでしょうか。早稲田大学高等学院、早稲田大学本庄高等学院、早稲田大学系属早稲田実業学校高等部は日本医科大学の指定校推薦枠が計6名ありますが、3校の先生に伺うと、この枠も激戦とのことです。
医学部医学科への指定校推薦は減少傾向にあり、女子医科大学や聖マリアンナ医科大学は近年廃止しました。2026年度入試で指定校推薦を実施する私立医学部医学科は、全31大学中6大学(埼玉医科大学、日本医科大学、獨協医科大学、北里大学、金沢医科大学、大阪医科薬科大学)に限られます。
また、系列校進学・指定校推薦とは異なり、昭和医科大学は、「特別協定校枠」による進学の道を昭和女子大学附属昭和高等学校、森村学園高等部に開いています。
もともと医学部医学科は募集人員が少ないため、系列校や特別協定校、指定校推薦といった枠の人数の増減は、一般選抜での受け入れ枠の割合の変動に大きく影響します。これから医学部医学科を目指して中高選びをする方にとっては、知っておくとよい情報と言えるでしょう。
医師過剰時代が到来~人口減少と医師偏在への厚労省の方針と今後の見通し
一方で、間もなく医師過剰の時代は確実にやってきます。
第一に人口減少です。1989年の我が国の人口は、1億2320万5000人(総務省統計局「人口統計」)に対して、医学部定員は7,815人でした(旺文社教育情報センター「今月の視点 2014.2」)。これに対して、2024年度の人口は、平成元年とほぼ同数の人口1億2380万2000人(総務省統計局「人口統計」(2024年10月1日現在)に対して、医学部定員は9,403人(厚生労働省「医師の確保・偏在対策における医学部臨時定員の方針等について」医学部入学定員と地域枠の年次推移)と増加しています。
1970年は、18歳の約436人に1人が医学部に進学していたところ、2024年度の募集定員数(9,403人)で固定した場合、2024年は約116人に1人が医学部進学、2050年には約85人に1人が医学部に進学することとなります(厚生労働省「医学部臨時定員について」18歳人口千人あたりの医師養成数)。
これまで国は、人口構成の高齢化や医師の地域的な偏在、診療科の偏り、勤務医の過重労働などへの対応から、医学部定員を増やしてきました。特に、「医学部地域枠」の人数は2007年の173人から2025年の1,837人まで1,664人増加しています。「医学部地域枠」以外の定員は、2007年の7,452人から2025年の7,556人まで104人の増加にとどまっています(厚生労働省「医師の確保・偏在対策における医学部臨時定員の方針等について」) 。
【図3】医学部定員と地域枠の年次推移
それでも、今後の医学部定員を2020年度の9,330人として推計した場合、2023年の医学部入学者が医師となると想定される2029年頃に需給が均衡すると推計されています。これから受験準備を進める高校生が、医学部に合格して医師になる頃には、全体的には医師過剰でも「一部の地域や診療科での医師余り」と「一部の地域や診療科の医師不足」が併存する時代が、(今でも問題となっていますが、さらに)顕在化するでしょう。
第11回医師養成過程を通じた医師の偏在対策等に関する検討会における「医師の確保・偏在対策における医学部臨時定員の方針等について」では、医学部定員に係る方向性に関して、2027年度の医学部定員の方向性として「医師の偏在対策を行いつつ、医学部臨時定員については、生産年齢人口の減少や医療需要の変化等の我が国の置かれた状況や、医学部定員に係る取組の効果の発揮には一定の期間を要することを踏まえると、地域における医師確保への大きな影響が生じない範囲で、適正化を図る方向性が妥当ではないか。」との厚生労働省案が示されました。私見ですが、各地域の医師確保・医師の地域的偏在を考慮しつつ、医学部定員全体は徐々に削減していくという方針だと考えられます。
AIとロボットで医師は不要に?医療現場の未来と人間に残る役割とは
第二にAIとロボットの進化です。前項で触れた医師数は人口動態の推移だけをもとにした推計で、AIやロボットの進化を考慮していません。
近年、AIとロボット技術の進化は医療分野に大きな変革をもたらしています。どんなベテラン医師でも1人が診察できる症例数には限界がありますが、AIは(特に画像診断や問診などの分野では)、人間の医師を上回る速さと精度で疾患の検出・診断が可能です。外科医の手技を忠実に再現する手術支援ロボット「ダヴィンチ」は、すでに実用化されています。
さらに、最新のAI搭載自律型手術ロボット「SRT-H(Surgical Robot Transformer-Hierarchy)」が、豚の臓器を使った胆嚢摘出手術で、100%の成功率を達成したというニュースがありました。医師の介入なしに、自らの「判断」で、予期せぬ状況にもリアルタイムで適応しながら手術を完遂できるというのです。これは、模倣学習(Imitation Learning)と呼ばれているものです。ベテラン外科医が持つ“名人芸”(暗黙知)のデジタルデータを吸収させて、ロボットの動作として再現できるようにしたわけです(Xeno Spectrum 2025年7月13日「AIロボット『SRT-H』が自律手術を100%成功、人間への応用は10年以内に」)。
AIやロボットが医師の仕事の多くの部分を代替できるようになり、必要とされる医師の数が劇的に減るのは避けられない情勢です。
しかし、医師の仕事が完全に消滅するわけではないと考えています。患者との対話や不安を和らげる心理的ケア、患者の感情や人生観に寄り添いながら、他の医療従事者とのチームワークで治療を進める姿勢など、人間的な要素が求められる部分は医師の役割として残ると思われます。これらの「共感力」や「傾聴力」「協働力」といった非認知能力は、現時点ではAIよりも人間が勝っており、医師が担うべき重要な役割です。
AI時代では「名医」の基準が変わっていくように思います。また、AIやロボットが診断・医療行為を行ったとしても、医療倫理や法的責任の観点から、最終的な責任は医師が担う必要がありますので、医師の仕事がまったくなくなることはないでしょう。
医学部定員が減る?2027年度入試の変更点と受験生が今すべきこと
2026年度入試では、医学部総定員の上限を2024年度と同じ9,403人と設定しており、2025年度の9,393人とほぼ変わりません。2027年度入試から医学部定員の削減が始まりますが、以降は東京・大阪など医師が多い地域の大学では地域枠定員が減り、医師が不足する地域の大学では地域枠定員が増える可能性があります。
厚生労働省における議論の経過からは、単年度での急激な募集定員の増減は行われないと見ていますが、現在の課題は医師の地域および診療科の偏在にあるわけですから、地域や診療科を自由に選べる入試枠から削減が進行していくと思われます。そうすると「地域枠」以外の枠を巡る入試は特に厳しくなっていくように思います。
大学入試全体に言えることですが、一般選抜での入学者割合の減少傾向は医学部医学科でも同様であるとはいえ、【図4】のように現在でも一般選抜が主流です。
一般選抜の学科試験では国公立大学で共通テストが課され、医学部医学科独自問題を出題する大学もあります。また、一般選抜でも小論文・面接・志望理由書対策が必要な大学も少なくありません。
そして、総合型選抜や学校推薦型選抜では、高い「学習成績の状況」(いわゆる評定平均)が求められることが多く、一般選抜とは別の対策が必要になってきます。さらに、AI時代に対応した医師としての素養を測ろうとする新しい試験を開始する大学も出てくるように思います。
医学部入試では、出願要件、入試形式や日程、出題教科・科目、配点等が年々見直されています。それらの情報を早く正確にどれだけ把握できるかが、合否を左右しかねません。最新情報に基づいて戦略的な受験計画を立てることが、合格への第一歩と言えるでしょう。
どのような入試方式でも現状の医学部受験には、一般的な学部志望者よりも長い準備期間が必要となります。長期にわたる受験対策へのモチベーションを維持するには、「なぜ医師になりたいのか」「どんな医師になり、どうしたいのか」という「強い志」がどうしても必要だと言えましょう。


