マニフェストの「売り物」だった、群馬県・八ッ場(やんば)ダム事業の中止が、“腰砕け”に終わりそうだ。
11月6日、国土交通大臣に就任して初めての現地視察を行った馬淵澄夫国交相が、地元自治体の首長らとの意見交換会の場で「『中止の方向』という言葉は今後使わない。いっさいの予断を持たず再検証を行い、平成24(2012)年度予算の概算要求時までには結論を出す」と表明したのだ。
これまで、前原誠司・前国交相は「工事中止を前提として、検証を行う」との立場を崩さなかった。地元の首長、推進派住民らはこれに猛反発し、住民は意見交換会への出席を拒否。また、東京都などダムの水を利用する1都5県は、負担する建設協力金の支払いを留保する事態となっていた。
今回の馬淵発言に対して地元自治体は「初めて地元に持ち帰れる結果が出た。住民と大臣の懇談会も早急にセットしたい」(高山欣也・長野原町長)、「建設協力金の凍結解除も早急に検討したい」(大澤正明・群馬県知事)と、揃って歓迎の意を表明した。今後は、来年の秋を期限として、事業の是非についての検証作業が行われる。
もっとも、検証作業といいつつも、現状は、すでに着工推進を前提とした枠組みとなっている。八ッ場を含む全国のダム事業を議論する国交省の「今後の治水対策のあり方に関する有識者会議」は、「国交省が選任したダム推進派学者だけで構成され、ダムに頼らない治水を訴える研究者は、土壇場ではずされた」(関係者)。
そして、この有識者会議が打ち出した検討方針に沿って、推進の是非を判断するのが、国交省の各地方整備局だ。ダム事業を推進してきた当事者である地方整備局から「着工中止」の判断は出にくい。
加えて国交相はこれまで「ダム計画に反対する住民や市民団体といっさいの対話を拒絶している」(渡辺洋子・八ッ場あしたの会事務局長)。
進行中の公共工事を中止するには、地方自治体からの工事負担金の返還や、ダム建設を前提に補償に応じてきた地元への対応など、法改正を含むさまざまな“力仕事”が必要だ。この1年間、民主党がそれに取り組んだ兆しはない。
八ッ場ダムは「洪水の予防」と「水利用」を前提とした建設計画の正当性について疑問が噴出している。すでに洪水予防の前提である利根川流域の基本高水(洪水防御を計画する際に基本となる河川流量)の数値データを裏づける資料が存在しないことが明らかになった。下流の周辺地域での水需要についても、実態よりも過大な見積もりがなされている。
計画の安全性についても、水没地からの移転先造成地の耐震強度不足が指摘されている。
だが、このままでは、結局、着工する公算が大きい。
本当に「いっさいの予断を持たない」のなら、推進派、反対派双方から意見を募り、新たな枠組みで検証を行う必要がある。その意思が国交相にあるのか。それは、おのずから明らかになるだろう。
(「週刊ダイヤモンド」編集部 鈴木洋子)