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田中均の「世界を見る眼」

北朝鮮の核の脅迫に立ち向かう4つの方策

田中 均 [日本総合研究所国際戦略研究所理事長]
【第59回】 2016年9月21日
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9月13日に平壌の金日成広場で行われた、核弾頭爆発実験の成功を祝う平壌市軍民交歓大会 Photo:KCNA

核の武器化に突き進む
北朝鮮の行動の背景は何か

 北朝鮮は本年に入ってから22回にわたりミサイル発射実験を行い、1月および9月に2回の核実験を行った。金正恩体制4年間で核実験は3回、ミサイル発射は35回に及び、父親の金正日時代に行われた2回の核実験と十数回のミサイル発射とは頻度もその内容も大きく異なる。核の武器化に向けてまっしぐらという感がある。日本は北朝鮮の核ミサイルに深刻で直接的な脅威にさらされる。今日の北朝鮮の行動の背景を正確に理解することが日本の対応を決めるために重要である。

 まず、北朝鮮は韓、日、米を標的とする核戦力の完成を短期間で行う決意を有しているようである。最近のミサイル実験は韓国、日本、グアムなどを捉える短・中・長距離の射程を持つミサイル、またミサイル発射を探知されにくい潜水艦発射ミサイル(SLBM)、および先制攻撃を受けにくい固形燃料を使ったミサイルや移動式発射台などを使っての実験を行っている。

 同時に核実験については小型化した核弾頭の爆発に成功したと伝えられる。北朝鮮が実際に短・中・長距離の核戦力を実戦配備する能力を持つには未だ数年を要するのではないかという見方をする専門家も多いが、他方、そのような能力の完成に向けて着実に進んでいることは明らかなのだろう。北朝鮮にしてみれば、このような能力の完成が米韓に対する万全の抑止力となると考えてのことだろう。

 金正日時代にあっては核の開発は当初、米国の攻撃を恐れてか、隠密裏に行われていた。これが徐々に核開発が露呈し、1993~94年頃に第一次核危機と言われる事態になったころは、北朝鮮は米国からの譲歩を引き出すための政治的カードとして核開発を考えているのではないかとさえ思われた。現に1994年に米朝枠組み合意が成り、北朝鮮の核開発は電力供給のために行われているという前提の下でプルトニウムを取り出しにくい2基の軽水炉と当面の重油を提供することで核開発に進むのを止めたと思われた。

 しかし、北朝鮮は引き続き隠れて核開発を進めていたのだろう。2005年9月の朝鮮半島非核化に関する六者協議の包括的な合意も、翌2006年10月の北朝鮮による核実験実施により踏みにじられる結果となった。

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田中 均 [日本総合研究所国際戦略研究所理事長]

1947年生まれ。京都府出身。京都大学法学部卒業。株式会社日本総合研究所国際戦略研究所理事長、公益財団法人日本国際交流センターシニアフェロー、東京大学公共政策大学院客員教授。1969年外務省入省。北米局北米第一課首席事務官、北米局北米第二課長、アジア局北東アジア課長、北米局審議官、経済局長、アジア大洋州局長、外務審議官(政策担当)などを歴任。小泉政権では2002年に首相訪朝を実現させる。外交・安全保障、政治、経済に広く精通し、政策通の論客として知られる。

 


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西側先進国の衰退や新興国の台頭など、従来とは異なるフェーズに入った世界情勢。とりわけ中国が発言力を増すアジアにおいて、日本は新たな外交・安全保障の枠組み作りを迫られている。自民党政権で、長らく北米やアジア・太平洋地域との外交に携わり、「外務省きっての政策通」として知られた田中 均・日本総研国際戦略研究所理事長が、来るべき国際社会のあり方と日本が進むべき道について提言する。

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