「幸せ食堂」繁盛記
【第三十七回】 2016年10月25日 野地秩嘉

「肉の満漢全席」を楽しめる新丸子の洋食屋
とんかつ、すき焼き、ステーキ、鶏の水炊き、
鴨しゃぶ、そしてハンバーグからウインナーまで。

新丸子のハリソン・フォード

 とんかつと洋食の店「ひげ虎」は東横線新丸子駅の改札を下りて、目の前にある。同店のキャラクターを、ちょっと大袈裟に言えば、ずばり「肉の満漢全席が食べられる店」だ。

 メニューを開くと、とんかつ、ステーキはもとより、豚のしょうが焼き、チキンカツ、ハンバーグ、鶏のから揚げ、メンチカツ、コロッケ、焼き肉、牛タン、ウインナー、すき焼き、鴨しゃぶ、鶏の水炊き…と、なんでもある。

 どの料理も一定以上の水準を保っている。

「これは失敗だ」というものはない。したがって、複数回、そこを訪れたとしても、「何を食べようか」とついつい迷ってしまう。メニューを眺めていると、時間が経ってしまう。

 そう告白したら、調理長の佐々木栄(62歳)は言った。

「はは、そういうお客さんは多いですね。でも、隅から隅までメニューを眺めた人が結局、注文するのは、とんかつなんですよ。ただし、何かトッピングはしますね」

 佐々木は「スターウォーズ」のハン・ソロ役、「アメリカングラフィティ」のボブ・ファルファ役で知られるハリソン・フォードにちょっと似ている。わたしはそう感じた。そこで、以下、彼を「新丸子のハリソン・フォード」と呼ぶ。

 さて、新丸子のハリソン・フォードは言った。

「トッピングのいちばん人気は目玉焼き(100円)かな。鶏から(250円)、エビフライ1本(500円)という人もいますね。たとえば、ロースかつセット(1080円)に目玉焼きと鶏からを加えたら、1430円。セットには千切りキャベツでなく、サラダが山盛りついてます。付けあわせはスパゲティ。みそ汁は一杯のおかわりが無料。たくさん食べる人には喜んでもらえる店だと思います」

 たくさん食べる人にとっては、さらにいいことがある。ここではご飯のおかわりも一杯まで無料。しかも、大盛りでもいいのだ。つまり、最初に大盛りを頼んで、おかわりも大盛りにしたら、相当量の白飯(しろめし)を食べることができる。ちなみに、同店におけるご飯の普通盛りは230グラム。同大盛りは500グラム。2杯食べたら1キロだ。

 しかし……、わたしは大盛りの実物を見たけれど、よほど消化力に自信のある人でないと、平らげるのは不可能だろう。凡人は500グラムのご飯を見ただけで卒倒する。 

この連載記事のバックナンバー
トップページへ戻る

野地秩嘉 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

「「幸せ食堂」繁盛記」

⇒バックナンバー一覧