来年早々、東京のタクシーの初乗り運賃が730円から410円に引き下げられる。“ちょい乗り”需要の拡大という狙いがあるものの、その恩恵は大手だけにとどまりそう。中小のタクシー会社の中には打撃を被るところも少なくなく、タクシー業界再編の流れが加速しそうだ。(「週刊ダイヤモンド」編集部 須賀彩子)
「今まで近くに行く用事では遠慮していたけど、この値段なら利用しやすいですね」
今年8月、東京・新橋駅からタクシーを利用した客はこう語った。「この値段」とは、初乗り運賃410円のこと。タクシー会社からの値下げ申請を受け、国土交通省が新橋、浅草、新宿の各駅前や東京大学病院前などで実証実験を実施していたのだ。
利用者の反応はおおむね好意的なものだった。アンケート結果によれば、6割の利用者が、初乗り運賃が410円になればタクシーの利用回数を増やすと回答。現在の月間平均利用回数が4.8回のところを、引き下げ後は7回に増やすとの結果が出たのである。
東京都内(東京都区部と三鷹市、武蔵野市)の初乗り運賃は、従来、2キロメートルまで730円だった。これをタクシー会社各社は、約1キロメートルまで410円へと引き下げるよう国土交通省に申請、年明けにも運賃改定が認められる見通しだ。
タクシー会社が引き下げに踏み切ろうとする背景には、大きく分けて二つの理由がある。
まず、2020年の東京オリンピックに向けて外国人観光客の増加が見込まれているものの、高い初乗り運賃のままでは利用してもらえないのではないかとの危機感がある。
例えば、ニューヨークでは約280円だし、ロンドンでも400円程度。それに比べて東京はいかにも高く、現時点でも外国人観光客が急増している割には、利用者は一向に増えていないのが現状だ。
また、タクシー市場がジリ貧傾向から抜け出せないという事情もある。1989年には今回の対象エリアで年間2.8億回だった輸送回数は、ここ6年ほどは2.0億回台にまで落ち込んでおり、回復の兆しはない。
というのも、東京都内では割安に利用できる鉄道網が発達し、タクシーを使わなくても済むようになったことが大きい。例えば高級住宅街として知られる麻布十番は、一昔前まで「車が足」という地域だったが、東京メトロ南北線の開通により多くの人が電車に切り替えた。
また、長らく続いた不景気の影響で、企業がタクシー券利用を控えるようになったことも影響している。
こうした事態を打開しようと、タクシー業界が切った切り札が初乗り運賃の値下げだったというわけだ。今回の実証実験の結果を受け、業界では「“ちょい乗り”需要の拡大が期待できる」(タクシー会社幹部)という安堵の声が広がっている。