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ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

難攻不落の東京市場への挑戦

北 康利 [作家]
【第33回】 2016年11月23日
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かつての上官にたたきつけたクビ宣言!

 「今の出張所は狭すぎてろくに接客もできやしない。これでは営業成績が伸びるはずないじゃないですか!」

 藪中はしばしば不満を漏らした。

 幸一だってそんなことはわかっている。先立つものがないから2坪ほどの汚い事務所しか借りられなかったのだ。

 だが東京進出を急ぎたい幸一は、厳しい財政状況をかえりみず、所長の藪中の訴えを聞き入れた。そして昭和27年(1952年)11月、中央区日本橋人形町3丁目にあるビルへの移転を決めるのである。

 近くにダンスホールもある繁華な地域である。「近江屋」の屋号を持った近江出身の商家も多く軒を連ね、町に活気がある。1階に東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)が入っているくらいだから立派なビルだ。今度は10坪強ある。

 清水の舞台から飛び降りる気持ちでの思い切った投資だった。

(これなら文句はないだろう)

 ところが、1ヵ月経ち、2ヵ月経ちしても朗報は聞こえてこなかった。

 出張所開設以来取引できたのは秋葉原デパートと数軒の専門店だけ。半沢商店ががっちり押さえているとはいえ、あまりにひどい。

 「藪中たちは一体何やってるんや!」

 思いあまって幸一は、ある日、奥忠三を連れて上京することにした。

 出張所に一歩足を踏み入れるなり、彼らは驚くべき光景を目にした。

 藪中は部屋に応接セットとスチールの机を入れ、肘掛け付きの回転椅子に座ってふんぞりかえっているではないか。業績も上げずにいい気なものだ。京都では経費節約を徹底し、机も椅子も古くなったものを使っているというのに。

 壁には東京全域の地図が貼られ、軍隊の作戦図そのままに、赤や青の線が書き込まれ、小さな日の丸まで立てられている。

 藪中は地図を指さしながら、これから彼が計画している機動力を駆使した東京のローラー作戦なるものについて説明しはじめた。

(軍隊と商売は違う!)

 そう思いながらも、幸一は一応話だけは聞いてみることにした。

 「広い東京を歩いていては埒が明かないので、これからは機動力を駆使して一気に取引を拡大していこうと思います」

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北 康利 [作家]

きた・やすとし/昭和35年12月24日愛知県名古屋市生まれ、東京大学法学部卒業後、富士銀行入行。資産証券化の専門家として富士証券投資戦略部長、みずほ証券財務開発部長等を歴任。平成20年6月末でみずほ証券退職。本格的に作家活動に入る。“100年経営の会”顧問。松下政経塾講師。著書に『白洲次郎 占領を背負った男』(第14回山本七平賞)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』、『吉田茂ポピュリズムに背を向けて』(以上、講談社)、『陰徳を積む 銀行王・安田善次郎伝』(新潮社)、『西郷隆盛命もいらず、名もいらず』(WAC)、『松下幸之助 経営の神様とよばれた男』(PHP研究所)などがある。最新刊は『佐治敬三と開高健最強のふたり』(講談社)。


ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一

ブラジャー。この華やかな商品に一生を捧げた男がいた。戦後京都を代表するベンチャー企業「ワコール」を創業した塚本幸一である。インパール作戦の生き残りという壮絶な戦争体験を持つ彼は、いかにして女性用下着に出会い、その未開市場を開拓していったのか。ベンチャースピリット溢れるその豪快華麗な生涯を、いま最も注目される評伝作家・北康利が描きだす!

「ブラジャーで天下を取った男 ワコール創業者・塚本幸一」

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