東大女子の家賃補助に思う
日本の男子は肩身が狭い
日本の「男子」は、生きにくいのではないか。漠然とそう感じてきたが、東京大学が遠隔地出身の女子学生に月3万円の家賃補助を行うことを決めた、というニュースを見て、「本当に、そうかもしれない」とあれこれ考え始めるに至った。
東京大学の女子学生比率は近年伸び悩んでいる。学部入学者の比率で見て2004年の21%に及ばないばかりか、近年は20%を切る水準での推移になっている。
その理由として、地方の女子の場合、東京大学に入学できる学力があっても、親元を離れて東京で一人暮らしをすることの、危険、心細さ、経済的負担などを嫌って、自宅からの通学が可能な大学を受験するケースがあるのは分かる。
また、東京大学が、いかにも通俗的だが、学生に「多様性」を求めたいと希望していることも分からなくはない。例えば、男子校の進学校出身のよく似たタイプの学生が多数入学して来ることは、想像に難くない。
しかし、一見画一的に見えても、素材としての人には個性がある。大学で学問をはじめとする多様な経験を積ませることによって、「多様性」は後から教育で引き出すべきものなのではないか。男女比率などといった表面的な属性にこだわること自体が、世間の後追い的でイケていないが、加えて表面的な目標達成のためにカネを使おう、というのは何ともいただけない。
仮に、入学試験を受ける年代の男女の数と能力差がほぼ同じで、東京大学が「極端に魅力的」な大学であるとすれば、男女はほぼ同数集まってもいいのではないか。要は、東京大学が提供する教育に十分な魅力がないことが、真の問題なのではないだろうか。
それにしても、地方出身の男子東大生が可哀想ではないか。学費と生活費のために、例えば、時給1000円として3万円に相当する30時間の貴重な時間を、ただで貰える女子学生を横目に、アルバイトに費やさねばならない苦学生はまことに気の毒だ。