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「原因と結果」の経済学
【第3回】 2017年2月10日
著者・コラム紹介バックナンバー
中室牧子、津川友介

メタボ健診を受けていれば長生きできるのか

私たちは、会社や学校で健康診断を受けることが多い。最もよく知られているのは「メタボ健診」だろう。メタボ健診によって、自分の健康状態を知り、生活習慣病を予防したり、隠れた病気を発見できれば、長生きにつながるはずだと多くの人が信じているのではないだろうか。

しかし、『「原因と結果」の経済学』の著者、中室牧子氏と津川友介氏によると、メタボ健診が長生きにつながるかどうかは慎重に検証しなければならないという。どういうことか、詳細を聞いた。

「メタボ健診」と「長生き」の関係は
因果関係なのか、相関関係なのか

(写真はイメージです)

 メタボ健診で生活指導を受けた人たちは、翌年、腹囲が小さくなり、体重が軽くなり、血糖値や血圧も低くなっているというデータもある。こういった話を新聞報道などで目にして、メタボ健診を受けていれば、健康になれると考えてしまっている人もいるかもしれない。

 でも少し立ち止まって考えてほしい。健診を受けていた人たちの腹囲や体重が改善されたからといって、本当に「メタボ健診を受けているから長生きできる」と言えるのだろうか。

 ここで重要なことは、メタボ健診と長生きの関係は「因果関係」なのか、それとも「相関関係」にすぎないのか、ということである。

 2つのことがらのうち、片方が原因となって、もう片方が結果として生じた場合、この2つのあいだには「因果関係」があるという。一方で、一見すると片方につられてもう片方も変化しているように見えるものの、実は原因と結果の関係にない場合は「相関関係」があるという(図表1)。

 「メタボ健診」と「長生き」の関係が因果関係といえるならば、「メタボ健診を受けているから長生きできる」と結論付けることができる。いままで健診を受けていなかった人が心を入れ替えて受けるようになれば、より長生きできるようになる。

 しかし、「メタボ健診」と「長生き」の関係が相関関係ならば、「もともと長生きするような健康に対する意識が高い人がメタボ健診を受けている」だけ、ということになる。この場合、いままで健診を受けていなかった人が心を入れ換えて受けるようになっても、長生きできるようになることはない。

因果関係を証明する
「ランダム化比較試験」

 「メタボ健診」と「長生き」の関係は、因果関係なのか、相関関係なのか。この疑問を解明するには、「ランダム化比較試験」という方法を使えばよい。

 この方法では、研究の対象者となる人々を、健診という「介入」を受けるグループ(介入群と呼ぶ)と受けないグループ(対照群と呼ぶ)にランダムに割り付ける。なお「介入」とは、原因と結果の「原因」となるようなもの(ここでは健診)を、研究対象となる人に与えることを意味する。

 なぜわざわざランダムに割り付ける必要があるのだろうか。これまでに健診を受けたことのある人とない人を比較するのでは不十分なのだろうか。

 実は、両者は「比較可能」ではない。これまでに健診を受けたことのある人とはどんな人だろう。おそらく、健康に対する意識が高い人なのではないだろうか。一方、健診を受けたことのない人はどうだろうか。逆に健康のことをあまり気にかけない人だろう。どう考えても、これまでに健診を受けたことのある人々とない人々は比較可能ではない

 臨床試験で用いられるネズミとは異なり、人間は意思をもって自らの行動を選択している。人間が行う「選択(セレクション)」の結果、研究の対象となる2つのグループが比較可能ではなくなってしまうことを、経済学では「セレクション・バイアス」と呼ぶ。

 英語では日常会話の中でよく「それはリンゴとオレンジを比べているようなものだ」という慣用句を使う。これはもともと違いが大き過ぎて比較しても意味のないような2つのことがらを、無理やり比較してしまっていることを揶揄している。これまでに健診を受けたことのある人とない人を比較するのは、まさに「リンゴとオレンジを比べている」ようなものである。

 それでは、どうすればリンゴ同士(あるいはオレンジ同士)の比較、つまりこれまでに健診を受けたことのある人とない人を比較可能な状態にすることができるのか。

 最も確実な方法が、健診を受けるかどうかをくじ引きなどによってランダムに決めることだ(図表2)。ランダムに割り付けることによって、個人は健診を受けるかどうかを自分の意志で選択できなくなる。したがって、セレクション・バイアスは発生しなくなる。その結果、健診を受けるグループと受けないグループは比較可能になるのである。

健診を受けていても
長生きにはつながらない

 実は、すでに健診の効果を調べたランダム化比較試験がある。ここからは、デンマークで行われた研究の結果を見てみよう。デンマークでは、日本のメタボ健診と同様、糖尿病や高血圧などの生活習慣病の診断および保健指導が行われている。

 このランダム化比較試験では、30~60歳の成人男女を、健診を受ける約1万2000人(介入群)と、健診を受けない約4万8000人(対照群)にランダムに割り付け、両方のグループを10年にわたって追跡している。

 介入群の中で、健診によって将来病気になるリスクが高いと判断された人々は、5年間で約4回の保健指導を受けるよう指示された。この保健指導によって、多くの人は食習慣や運動、喫煙や飲酒の習慣を改善したことが報告されている。

 しかし、10年後に示された結果は驚くべきものだった。生活習慣の改善にもかかわらず、介入群と対照群の死亡率の差は統計的に有意ではなかったことが明らかになったのである(「有意ではなかった」というのは、その差が偶然による誤差の範囲で説明できてしまうということだ)。

 デンマークで行われた研究によると、健診を受けたからといって、必ずしも長生きできるわけではないということになる。つまり、「健診」と「長生き」の関係は相関関係だと言える。しかし、このランダム化比較試験はあくまでデンマークで実施されたものだ。健診に効果があるかどうかという国全体の保健政策にかかわるような重要なことを、たった1つのランダム化比較試験の結果をもとに判断してしまうのは危険だ。

ほかの国では健診の効果は
確認できたのか?

 そこで、ほかの国や地域で行われたランダム化比較試験の結論についても見てみよう。

 複数の研究を見るときには、「メタアナリシス」という手法を用いる。メタアナリシスとは、複数の研究結果をとりまとめて、全体としてどのような関係があるかを検証する方法である。特に複数のランダム化比較試験をまとめたメタアナリシスは、エビデンスの階層の中で最もエビデンスレベルが高いとされている。

 そのメタアナリシスを用いた研究が行われた結果、やはり健診と長生きのあいだには因果関係がないという結論であった(注1)。

 デンマークでランダム化比較試験を実施した研究者らは、「大規模なランダム化比較試験の実施はコストがかかるものの、効果がない健診を全国民に提供することに比べたら、はるかに安上がりである」との見解を示している。

 つまり、効果があるかないかわからない政策をやみくもに実施するのではなく、多少コストがかかっても、政策に因果効果があるかどうかを検証してから、全体に導入するかどうかを決めればよいというわけである。

注1 これらの結果を見て、健診にはまったく意味がないというのはやや早計である。長生きにはつながらないかもしれないが、糖尿病や高血圧を早期に治療することで、失明や脳梗塞などの合併症を予防し、結果として生活の質を上げることはできる可能性がある。

大して調べもせず1200億円をかけた
日本のメタボ健診

 海外では健診が長生きにつながるという強いエビデンスは見られていないのにもかかわらず、日本では2008年に特定健康診査(いわゆるメタボ健診)・特定保健指導がスタートした。

 周知のとおり、生活習慣病の早期発見と治療を目的として、40歳以上の健康保険加入者は全員受診が義務づけられている健診だ。このメタボ健診には、2008年から2014年までに約1200億円もの税金が投じられている

 巨費を投じて日本で導入されたメタボ健診に効果はあったのだろうか。厚生労働省は、このことを調べるために、約28億円を投じてデータベースを構築した。しかしこのデータベースに不備があり、収集したデータのうち約2割しか解析できないことが発覚し、大きな問題に発展した。

 メタボ健診をいきなり全国展開するのではなく、まずは一部の自治体でランダム化比較試験を実施し、効果があることが明らかになってから、残りの自治体にも導入することも考えられたはずだ。規模にもよるが、ランダム化比較試験は総額1200億円のうち、0.1%の予算を充てれば行うことができただろう。そうすれば、税金をより効果的に使うことができたのではないだろうか。

 海外で行われた先駆的な研究成果を参考にすることもなければ、自国のデータを活用してメタボ健診の効果を明らかにすることも十分に行われていない日本の状況は、残念というほかない。

 ここで、注意点が1つある。「健診」と「検診」は違うということだ。健康診断の略称である健診とは異なり、「がん検診」などのように、特定の病気についての検査を行う検診には、寿命を延ばす因果効果があると確認されているものが多い。乳がん、大腸がん、子宮頸がんなどの検診には、生存率を上げるエビデンスがある。各がんに関するエビデンスの詳細に関しては、国立がん研究センターの「科学的根拠に基づくがん検診推進のページ」などを参照してほしい。

参考文献
Krogsboll, L. T., Jorgensen, K. J., Gronhoj Larsen, C. and Gotzsche, P. C. (2012) General Health Checks in Adults for Reducing Morbidity and Mortality from Disease: Cochrane Systematic Review and Meta-analysis, BMJ, 345, e7191.
Jorgensen, T., Jacobsen, R. K., Toft, U., Aadahl, M., Glumer, C. and Pisinger, C. (2014) Effect of Screening and Lifestyle Counselling on Incidence of Ischaemic Heart Disease in General Population: Inter99 Randomised Trial, BMJ, 348, g3617.
「メタボ健診 システム不備 効果検証、2割しかできず 会計検査院、改修求める」『日本経済新聞』2015年9月5日朝刊、38頁
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中室牧子(なかむろ・まきこ)

慶應義塾大学 総合政策学部 准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日本銀行、世界銀行、東北大学を経て現職。コロンビア大学公共政策大学院にてMPA(公共政策学修士号)、コロンビア大学で教育経済学のPh.D.取得。専門は教育経済学。著書にビジネス書大賞2016準大賞を受賞し、発行部数30万部を突破した『「学力」の経済学 』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。

津川友介(つがわ・ゆうすけ)

ハーバード公衆衛生大学院 リサーチアソシエイト
東北大学医学部卒業後、聖路加国際病院、ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカル・センター(ハーバード大学医学部付属病院)、世界銀行を経て現職。ハーバード公衆衛生大学院にてMPH(公衆衛生学修士号)、ハーバード大学で医療政策学のPh.D.取得。専門は医療政策学、医療経済学。ブログ「医療政策学×医療経済学 」で医療に関するエビデンスを発信している。


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