「偏差値の高い大学へ行けば将来の収入が高くなる」と信じている人は多いだろう。かつて「受験地獄」という言葉を生み出したほど、日本の大学受験の競争は厳しいことが知られている。それでも、将来安定した収入が得られるようになるのであれば、若いうちにがんばって勉強する意味もあるかもしれない。

しかし、もしそうでなければ、無理して勉強して偏差値の高い大学を目指す必要はないのかもしれない(もちろんほかの理由でよい大学に行こうとする人もいると思うが)。はたして偏差値が高い大学に行くことは、本当に将来の収入アップにつながるのだろうか。ここで重要になってくるのは、「大学の偏差値」と「年収」の関係が相関関係なのか、それとも因果関係なのかということだ。

偏差値の高い大学を出た人の
収入は高い傾向があるものの……

 同じ大卒という学歴であったとしても一様ではない。一橋大学の神林龍教授らの研究によると、1990年代に高卒か大卒かによって生まれる賃金格差は拡大していないものの、同じ大卒のあいだで生じる賃金格差は拡大していることが示されている(注1)。

 実際にデータを見てみると、確かに偏差値の高い大学の出身者は年収が高い傾向があるようだ(図表1)。

 では偏差値の高い大学へ行けば、本当に収入は高くなるのだろうか。ここで、偏差値と収入の関係が、相関関係なのか、因果関係なのかをよく考える必要がある別記事参照)。「収入が高くなるような能力の高い人ほど、偏差値の高い大学を選択した」だけなのか(相関関係)、「偏差値の高い大学に行ってよい教育を受けた結果として、収入が高くなった」のか(因果関係)、どちらが正しいのだろうか。

相関関係………2つのことがらは一見すると「原因」と「結果」の関係にあるように見えるものの、実はそうではないような関係のこと。原因と結果が逆であったり、別の第3のことがらのせいでそのように見えてしまっている場合などがある。この場合、もう一度原因を取り入れたとしても、同じような結果は得らえない。
因果関係………2つのことがらが「原因」と「結果」の関係にある。つまり原因があるからこそ結果がもたらされたということを意味する。もう一度原因を取り入れれば、次も同じような結果が得られることが期待される。

 アメリカの大学入試選抜は、日本とはやや異なっている。日本では筆記試験が中心なのに対して、アメリカでは筆記試験の結果以外に、高校の成績や教員からの推薦状、エッセイ、過去のボランティアやリーダーシップの経験などによって総合的に選抜される。

 プリンストン大学のアラン・クルーガーらは、それぞれの受験者が「どの大学に合格し、どの大学に不合格だったか」という情報を用いて「マッチング法」という研究手法を行った(注2)。たとえば、A大学・B大学には合格したが、C大学には不合格だったという2人がいたとしよう。

 2人が合格したA大学とB大学という2つの大学を比べると、A大学のほうが偏差値が高かった。1人はA大学に進学したが、もう1人は地元の大学であり、自分の関心のある分野が学べるB大学に進学したとしよう。

 この2人は、同じ大学に合格して、同じ大学に不合格だったので、少なくとも大学入試の合否の判定に用いられる情報(高校の成績や教員からの推薦状、エッセイなど)において、十分に似通った「比較可能」な2人であると言ってよいだろう。

 「比較可能」とはどういうことだろうか。この2人のあいだで、将来の収入に影響を与えそうな要因が、「大学の偏差値」以外すべて似通っているとする。この状態で、偏差値の高い大学に行った人と、それよりも偏差値が少し低い大学に通った人の将来の収入を比較すれば、「偏差値の高い大学へ行くこと」が将来の収入に与える「効果」を推定することができる、というわけだ。この「効果」のことを、偏差値が高い大学に行くことの「因果効果」と呼ぶ。

注1 Kambayashi, R., Kawaguchi, D., & Yokoyama, I. (2008). Wage distribution in Japan, 1989-2003. Canadian Journal of Economics, 41(4), 1329-1350.
注2 Dale, S. B., & Krueger, A. B. (2002). Estimating the Payoff to Attending a More Selective College: An Application of Selection on Observables and Unobservables. Quarterly Journal of Economics, 117(4), 1491-1527; Dale, S. B., & Krueger, A. B. (2014). Estimating the effects of college characteristics over the career using administrative earnings data. Journal of Human Resources, 49(2), 323-358.

偏差値の高い大学に行った「から」
収入が上がったわけではない

 マッチング法を用いたこの研究の結果を見てみると、驚くべきことに、ある大学に合格して実際に進学した生徒のグループと、同じく合格したがその大学に行かずに偏差値の低い大学に進学した生徒のグループのあいだで、卒業後の賃金にたいして統計学的に有意な差はなかったことがわかった。

 多くの人は、「偏差値の高い大学に行けば収入が上がる」と信じているが、クルーガーらの研究では、そのような因果関係の存在に否定的である。

 まさにクルーガーらが述べるように、「より偏差値の高い大学に行くということは、すべての生徒にとって自身の将来の収入を最大化する選択なわけではない」し、「その大学に行けば、誰もが将来の収入を高められるというような唯一無二の大学ランキングなど存在しない」というわけだ。

 クルーガーらは論文のなかで、ミネソタ州ノースフィールドにある名門私立大学カールトン・カレッジの学長を務めたスティーブン・ルイスの言葉を引用している。大学ランキングについて問われた際、ルイスは以下のように答えた。「問題は、どこが最高の大学か、ということではない。本当の問題は、誰にとって最高の大学か、なのだ」。これが、クルーガーらの結論でもあろう。

 相関関係なのか因果関係なのかを見極めることができるようになれば、世の中にあふれるもっともらしい通説に惑わされることもなくなるし、ビジネスの場でもデータからより正しい「真実」を導き出すことができるようになる。ビッグデータ時代の現代においては必要不可欠のスキルであると言えるだろう。