2018年5月8日、本連載にて受動喫煙に関するエビデンスを詳しく解説した記事を公開したところ、大西英男議員事務所より抗議の電話を頂戴した。
「受動喫煙規制で売上が下がった飲食店の意見は無視か」「外国の調査結果を日本に適用できるのか」といった、非常に示唆に富むご意見をいただいた。
これらの疑問にお答えすることは、受動喫煙に関する議論を深め、公益に資すると判断し、回答を記事として公開する。
大西英男事務所からの
4つの疑問と回答
前回、『受動喫煙規制は「前時代的な利害調整」との戦いだ』と題する記事で、受動喫煙防止に関する国や東京都の動きについて、私たちの見解を述べたところ、記事の中で言及した自民党の大西英男衆議院議員の事務所関係者から、ダイヤモンド・オンライン編集部に対して抗議のお電話がありました。
抗議内容とともに次回の記事で回答する旨をお伝えしたところ、数度のやり取りを経て、「では抗議は取り下げる」と改めてご連絡がありました。しかし、抗議は取り下げられても、大西英男議員の事務所関係者の疑問が解消されたわけではないと推察いたします。
私たちとしては、東京都の条例案の全貌が明らかになったこの機会に、受動喫煙防止に関する議論をさらに深めることは公益に資すると考え、この疑問について回答いたします。
疑問1
受動喫煙規制で売上が下がった
飲食店の意見は無視か
大西英男議員事務所からの第一の疑問は、「これらの調査結果で、少ないにしろ売上が下がった飲食店があるはずだが、彼らの意見は無視していいと判断しているのか。またその理由は何か」という点です。この疑問は非常に妥当なものであり、ほかの読者の中にも同様の疑問を持たれた方がおられたのではないかと思います。
WHO(世界保健機関)の附属研究所であるIARC(国際がん研究機関)の報告書では、図表1のような表が掲載されています。こうした報告書が執筆されたもともとの動機は、受動喫煙がもたらす経済的な影響についての議論が紛糾したことにあります。
IARCは数多くの研究の中で、厳密で科学的な方法を用いて、受動喫煙が経済に与える因果的な効果を明らかにした研究の結果がどうなっているかを明らかにするためにこのレビューを行ったのです。
(出典)IARC Handbook of Cancer Prevention Volume 13 p.88 Table4.2を元に筆者作成
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ここでいう「厳密で科学的な方法」とは、(1)妥当性、信頼性の高い経済活動のデータを用いている、(2)規制が実施される前後数年間のデータを用いている、(3)適切な統計的手法を用いている(たとえば、景気動向など売上に与えるほかの影響を適切に取り除くことができているか)、(4)規制を行わなかった対照群を設定し、比較している、という4つの条件が満たされているものです。
169の既存研究のうち、こうした4つの条件を満たす研究が49あると判断され、そのうち「売上に負の影響がない」という結論に至っている研究が47、「負の影響がある」という結論に至っている研究が2あるということがわかっています。
また図表2は、産業医科大学の大和浩教授が、このIARCのレビューに用いられた論文について、たばこ産業から研究助成を受けている論文と受けていない論文に分けて結果を比較した結果です。たばこ産業からの研究助成を受けている研究の多くが、たばこ産業に有利な結論を導き出していることがわかります。
利益相反によって結論が歪められている可能性がありますので、たばこ産業との間に利益相反のない66論文に限って言えば、63論文で減収なし、2論文で判断を保留、1論文で減収が認められるということになっています。
(出典)平成27年度厚生労働科学研究費補助金循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業:たばこ規制枠組み条約を踏まえたたばこ対策に係る総合的研究 分担研究報告書2-2
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こうした分析から言えることは、「質と中立性の高い研究のほとんどが、受動喫煙規制が売上に与える負の影響はないと結論付けている」ということです。
受動喫煙に関する議論は
何より「公平性」「中立性」が重要
このように、データを用いた実証研究では、1つの研究テーマについて複数の研究が行われることがままあります。こうした複数の研究が同じ結論となっていれば問題ありませんが、今回のように、必ずしも全てが同じ結果とはならない場合もあります。
たとえ少数であっても、正反対の結果を示す研究があるとき、どちらを信じればよいのでしょうか。異なる結果を示す複数の研究が存在する場合、その複数の研究から導かれるコンセンサスとは何かを知るために「メタアナリシス」という解析が行われることがあります。
メタアナリシスは、単純に研究の数を数えるのではなく、複数の研究の元データを集めて統合し、もう一度、解析をしなおす手法です。受動喫煙と飲食店の売上についてのメタアナリシスも行われており、その研究においても、「受動喫煙規制が売上に与える負の影響はない」という結論になっています。
自然科学や社会科学などは、「客観性」と「信頼性」を非常に重要視します。たとえば、上記のメタアナリシスにも、どの研究を含め、どの研究を除外するかということには基準があり、複数の研究者によってチェックが行われるのが普通です。もともとの自分の主張や感覚に合う結果のみを都合よく取捨選択してしまってはならないからです。
都合よく自分の主張にあったものだけをつまみ食いすることを、「チェリー・ピッキング」と呼び、学問では厳に慎むべき行為とされています。特にたばこに関する研究については、たばこ産業からの研究資金の提供が研究成果を歪めてきたとの見方から、公平性や中立性が重視されます。
これは何も海外に限ったことではなく、日本でも、日本疫学会など複数の学会がたばこ産業から資金提供を受けた投稿や発表を受け付けないという決定をしています。
IARCの報告書も、その後に続くメタアナリシスも、きちんと科学的な手続きを踏んだ客観性の高いエビデンスであることから、総じて見れば「受動喫煙規制が売上に与える負の影響はない」という解釈をするのが妥当と考えます。
もちろんこれらの研究では、売上に対する平均的な影響を見ているため、受動喫煙規制が導入されることで売上が上がる店と下がる店が存在するという可能性もあります。
しかし、東京都が実施したアンケート調査によれば、73.6%の人が飲食店で受動喫煙被害にあったと認識しており、78.7%が「迷惑に思った」と回答しています。そして74.6%が飲食店における受動喫煙防止対策(建物内完全禁煙または喫煙室の設置)を求めており、66.1%が法律や条例等で法的に規制すべきだと考えていることがわかります。
受動喫煙によって、周囲の人の肺がんのリスクが約1.3倍になることが複数の研究から明らかになっており、顧客だけでなく、従業員の健康被害も心配されます。
その一方、受動喫煙規制の導入によって、非喫煙者、女性、ファミリー層などの飲食店の利用が増え、売上が増加したことを示す研究もありますので、飲食店経営者の皆様には、顧客や従業員の人の健康を犠牲にして売上を維持することよりも、新しい利用者層の取り込みによって売上増を目指していただきたいと思っております。
疑問2
外国の調査結果を日本に
あてはめることができるのか
次の疑問は「外国の調査結果だが、日本と事情が違うのではないか。たとえば記事にあるように外国は日本ほど屋外の喫煙には厳しくない。それも関係しているのではないか」ということです。この疑問も、非常に妥当なものであると思います。
当然、日本のデータを用いた研究も行われています。代表的な研究の1つは、産業医科大学の大和浩教授らの研究で、日本全国で営業されているファミリーレストランで、2007年からの5年間に生じた店舗のレイアウト変更を利用して、全席禁煙、分煙、喫煙の店舗それぞれにおける営業収入の変化をみたものです。全席禁煙を実施した店舗の営業収入が増加したこと、分煙にした店舗の営業収入には変化がなかったことが示されました。
同じく産業医科大学の姜英助教が実施した研究(研究代表者 片野田耕太氏)では、神奈川県と周辺5県の飲食店の個人事業税対象所得金額を用いて、2010年に施行された「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例(神奈川県条例)」の影響を評価したところ、この条例が飲食店の売上に与える影響はないという結論になっています。
愛知県の宇佐美毅氏らは、愛知県全域の飲食店8558店舗の訪問調査を行い、受動喫煙対策の実施状況とその前後の売上の変化を調べ、調査に協力が得られた7080店舗のうち、全面禁煙にした1163店舗の96.2%が、売上が増加または不変であることを報告しています。
ただし、これらの研究には、注意を要する点もあります。大和浩教授らの研究は、特定のファミリーレストランを対象にした研究であり、ファミリーレストラン以外の業態(たとえば居酒屋やバーなど)でどうなっているかはよくわかりません。
姜英氏が実施した研究では飲食店の個人事業税対象所得金額を用いているため、分析の対象になったのは課税対象の店舗のみで、赤字などの理由により課税対象外となった店舗は含まれていません。
また宇佐美毅氏らの研究では、自主的に禁煙化を行った店舗とそうではない店舗を比較しているため、いわゆる「セレクションバイアス」が発生している可能性があります(セレクションバイアスについてはこちらをご覧下さい)。
日本だけが特殊だと
判断する理由はない
しかし、2020年に東京オリンピックを控え、私達は今、決断を迫られています。私たちは一体どうするべきなのでしょうか。海外と比較すると十分な研究が蓄積されていないことを理由に、受動喫煙規制は見送るべきなのでしょうか。
もちろん日本の事情が特殊であり、海外の研究結果を参考にできない可能性があるならば慎重になるべきだと思います。しかし、海外の研究は1つや2つの都市の事例を取り上げたものではなく、世界中の多くの都市で行われた検証結果です。世界中の都市と比較しても東京だけが特殊であるというのは考えにくいと思います。
さらには国内で行われた研究も総じて、海外と同じく受動喫煙規制が売上に与える影響がないことを示しており、これは東京だけが特殊な状況ではないことを示唆しています。
日本では屋外における規制が厳しいので、海外とは異なるのではないかというご指摘もありますが、実は、屋外での喫煙を何らかの形で規制しているのは6.1%の自治体で、その規制の内容はほとんどがポイ捨てと歩きたばこに対するものです。ポイ捨てと歩きたばこに対する規制が厳しいがゆえに、屋内の全面禁煙化が飲食店の売上に影響するというのは考えにくいと思います。
そもそも閉鎖された空間のほうが副流煙の濃度が高くなり、健康被害が大きくなるわけですから、屋外よりも屋内をしっかり規制するというのがあるべき姿です。このため、すでにある屋外の規制が厳しいから、屋内の規制は緩くてもいいのではないかということではなく、屋内を全面禁煙とするために屋外の規制についてどのようにあるべきかを議論する必要があります。
私たちは、路上喫煙を厳しく規制している自治体では指定喫煙所を増やすとか、国の法案との整合性が取れるよう屋外での規制緩和を検討するように働きかけることは必要だと考えています。この度東京都が発表した条例案も、屋外喫煙所の整備を支援することを明らかにしています。
富士経済の受動喫煙レポートは
単に飲食店オーナーの心象をまとめたもの
もう1つ指摘しておくべき、重要な点があります。これ以外にたびたび新聞などで取り上げられる、民間シンクタンク富士経済のレポートです。このレポートでは、受動喫煙規制によって外食産業は8401億円の打撃を受けるという結論になっています。
このレポートの結論は信頼できるのでしょうか。このレポートは、飲食店のオーナーへの聞き取り調査を根拠としており、残念ながら特定の飲食店のオーナーの心象で物事の因果関係を明らかにすることはできません。このため、上で紹介したような因果関係を明らかにしようと試みた学術研究と異なり、その結果の信頼性は低いと言わざるをえません。
先に紹介したIARCの報告書においても、「厳密な手法をとらずに行われた調査は、科学的に適切な手法をとった研究とは正反対の結論を導き出しているものが多い」ことを指摘しています。海外で行われた研究でも、インタビューを根拠とした調査は、「飲食店の売上にマイナスの影響がある」と結論付けているものが多くなっていることも知られています。
疑問3
「働かなくていいんだよ」発言の
前後関係はちゃんとチェックしたのか
前回の記事で、「大西英男議員が、三原じゅん子議員の発言に対し、「働かなくていいんだよ」とヤジをとばしたことについて、大西英男議員はブログで下記のとおり説明をしているが、これを読んでいたかどうか」という疑問です。この発言について、大西英男議員はブログで下記のように自身の発言の趣旨について説明しています。
(引用開始)
音声で聞き取れる私の発言は、「働かなくていいんだよ」です。
まず、私は「がん患者全体」の話をしていません。
あくまで、
(1)一定面積以下の小規模飲食店に喫煙・非喫煙の表示を義務付け、喫煙可能とした場合、
(2)客は望まぬ受動喫煙をすることは防がれ、問題は従業員のみとなります。
(3)この極めて小規模な飲食店では、「無理して働かなくてよいのではないか」。
もっと環境の良いところで働くのがよいのではないかということを述べました。
極めて小規模な飲食店のイメージとしては、経営者が家族経営で行っている規模を想定し、例えば、カウンターでのみ営業する焼き鳥屋やおでん屋などの飲食業店です。
ですから、私の発言に補足をするなら、
「(極めて小規模な飲食店で喫煙を認めたとして、そこで無理して)働かなくてもいい」のはずです。
しかし、報道では、「(がん患者は)働かなくてよい」とされています。
これでは、私が、がん患者全体、オフィスを含めたあらゆる職場における発言をしたように受け止められてしまいます。実際、私の発言をテレビなどだけで見た方の多くは、がん患者全体に向けたものと受け止めています。(中略)
今回の私の発言は、マスコミをシャットアウトし、かつ秘書や団体関係者なども入れずに、議員のみの出席となった部会でのものでした。
これは、受動喫煙対策の厚生労働省案と自民党案について峻烈な議論が予想されることからの異例の措置であったと思います。
私の発言自体、喫煙可能な極めて小規模な飲食店(経営者単独か家族経営程度の規模)の従業員の職業選択の自由と、喫煙者を主な顧客とする小規模飲食店の廃業の危機を比較する中での発言です。
全面禁煙にしても飲食店の売り上げは下がらないとのデータもありますが、その多くは大規模チェーン店のデータや、屋外喫煙規制の緩やかな海外のデータです。
屋外喫煙規制の厳しい日本の、極めて小規模な飲食店は、そもそも恵まれた経営状態にはなく後継者もいない店が多くあります。
こうしたなかで、主な顧客である喫煙者の足が遠ざかる全面禁煙が一律に実施され、業態の大幅変更を求められれば、これを機に廃業しようという店も少なくないでしょう。
全面禁煙を求める方々はこうした極めて小規模な飲食店のこれからをどのように考えているのでしょうか。そうした店はつぶれてしまっても構わないということなのでしょうか。
極めて小規模な飲食店での就労を受動喫煙で敬遠せざるを得ない点については、がん患者や元患者の方の就労支援、再就職支援を充実させること、ハローワークなどの募集時には「喫煙可・禁煙」などを明示することなどの検討をすることが重要と考えています。
安倍内閣の掲げる働き方改革の「病気の治療と仕事を両立した働き方」をより実現できるように、労働政策として取り組んでいくべき課題ではないでしょうか。
(ヒデちゃんの携帯日記 2017/08/07(月) 17:38 引用終わり)
なぜがん患者の選択肢が
狭められないといけないのか
この疑問は、「大西英男議員の発信について承知していたか」という趣旨と理解しています。端的に申し上げますと、議員のブログ記事は拝読しておりましたが、その主張には同意することはできません。
近年、がん患者の5年相対生存率は確実に改善傾向にあるにもかかわらず、がんに罹患した勤労者の30.5%が依願退職、4.1%が解雇、自営業者の17.1%が廃業しています。こうした状況を改善しようと、厚生労働省はさまざまな施策を打ち出しています。
たとえば、ハローワークに専門の就職支援ナビゲーターを設置したり、がん診療連携拠点病院における職業相談などを行っていますが、こうした支援事業の対象となった患者の就職率(就職相談件数に対する就職者数)は50%程度にとどまっています。一般労働者の有効求人倍率が上昇しており、「人手不足」といわれているにもかかわらずです。がん患者の就労にはそもそも選択肢が少ないことがわかります。
日本人の2人に1人ががんになり、5年生存率が確実に改善し、そして大西英男議員自らが指摘されるように、安倍政権が「病気の治療と仕事を両立した働き方」を目指す中、なぜ喫煙者のたばこを吸う権利のために、がん患者の選択肢が狭められなければならないのでしょうか。
本当に安倍政権が「病気の治療と仕事を両立した働き方」を目指すというのであれば、全面禁煙を推し進めることこそが、そうした社会の実現に資するのではないでしょうか。
「小規模飲食店の廃業の危機」に
そもそも根拠はない
また大西英男議員のブログには、さしたる根拠も示されないままに、「主な顧客である喫煙者の足が遠ざかる全面禁煙が一律に実施され、業態の大幅変更を求められれば、これを機に廃業しようという店も少なくないでしょう」と、多数の小規模な飲食店が廃業に追い込まれるような記述がなされていますが、これまで何度も述べてきたように、規制が飲食店の売上に与える影響はないというエビデンスに反する主張です。
またすでに前回の記事で述べたことの繰り返しになりますが、全ての飲食店で全面禁煙とした場合、喫煙者が外食を自宅などプライベートな場所での食事で代替するならば、飲食店の売上が低下することが予想されます。
しかし、喫煙者の多くは30~50歳台の男性です。リクルートライフスタイルが実施した調査によると、外食が増加する理由の1位は「仕事で忙しく、なるべく簡単に済ませたい」で27.3%。続いて2位は「人付き合いが増えた」で20.3%というもので、男性の20・40・50代に多いことがわかります。
「簡単に済ませたい」とか「付き合い」で外食を選択するわけですから、これを自宅での食事に代替すると考えるのは無理があります。
飲食店の経営者の皆さんは、喫煙者の顧客が減ることを想像しておられるのでしょうが、全面禁煙になれば、非喫煙者、女性、ファミリー層などの飲食店の利用が増えることも十分に考えられます。こうしたまだ見ぬ顧客の増加を予想するのは難しいものです。
一人の人間が直接経験できることの範囲は限られていますから、当事者の経験に基づいて、「規制が厳しくなったときに何が起こるのか」ということを正確に言い当てるのは極めて困難です。だからこそ、背後にあるメカニズムを正しく理解しようとし、データに照らして確認する必要があるのです。
疑問4
「子ども4人、孫6人、一切誰も不満は言いません」発言の
前後関係をちゃんとチェックしたのか
大西英男議員の事務所からの4つ目の疑問は、以下のようなものでした。
『「私はもう50年、タバコを吸い続けています。そしてわが家でも、自由にタバコを吸い続けておりまして、子どもが4人、孫が6人、一切誰も不満は言いませんし、みんな元気に頑張っております」という発言は、「どこまで受動喫煙を規制するのか」の対象の例として挙げた発言である。そのことは知っていただろうか。『「自分の周辺エピソード」で政策を形成する前時代的な一部の国会議員たち』という見出しの後にこの内容が来ては、まるで大西英男議員は家族だけみてエビデンスを判断しているかのように読めるが、ミスリードではないのか。』
再び、「大西英男議員の発言の文脈について承知していたか」という趣旨の疑問ですが、文脈によらず、このご発言には同意いたしかねます。特に、「子どもや孫も元気で頑張っております」という部分です。
受動喫煙の被害がもっとも大きいのは子どもや胎児です。現在確実に影響があるとわかっているものだけでも、中耳炎、呼吸器系症状、肺機能低下、乳児突然死症候群、下気道疾患(気管支炎、肺炎など)があります。「受動喫煙の被害がもっとも大きいのは子どもや胎児である」という重大な事実から、一般の国民の目を背けさせるようなご発言は到底、容認できるものではありません。
一般的に、喫煙から肺がんの発症までには20~30年の時間差があることが知られています。大西英男議員のご家族は今はお元気かもしれませんが、将来病気が発覚する可能性もあり、30年経ってみないと大丈夫と主張することはできません。
日本では受動喫煙によって年間1万5000人が亡くなっていると推定されており、30年経ってみて大西英男議員が「やはり間違いでした」と前言撤回しても、その間に亡くなった人は帰ってきません。
人の命が関わっている重大な問題にもかかわらず、国会議員のように影響力のある立場の方が、エビデンスを無視して個人的な経験に基づく主観を声高に叫ぶことは、多くの国民の命を危険にさらす危険な行為であると考えます。
ロビイストの意見を優先させると
大多数の国民が犠牲になる
以上をもって、大西英男英男議員事務所の抗議に対する私たちの回答といたします。
最後に、今回のように、広く国民の健康や厚生にかかわる問題においては、「サイレントマジョリティ」――決して声を上げない大多数の国民にとって何が重要なのかを知ることがとても大切であるということを強調したいと思います。
永田町・霞ヶ関で平日の昼間からロビイ活動をするたばこ産業、たばこ農家、飲食店経営者など、政治家に直接届けられる声ばかりを斟酌すれば、サイレントマジョリティの健康や厚生が犠牲になります。
断片的な「印象」や「エピソード」だけで政策形成をすることは極めて危険です。私たちは大西英男議員のみならず、有権者から負託を受けたすべての国会議員が、「エビデンスに基づく政策形成」を推進し、受動喫煙規制について広く国民の利益となるような意思決定をしてくださることを心から期待します。
そして、誰一人として健康被害を受けることなく楽しく外食ができ、飲食店の売上も上がるような社会を目指していきましょう。
中室牧子(なかむろ・まきこ)
慶應義塾大学 総合政策学部 准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業後、日本銀行、世界銀行、東北大学を経て現職。コロンビア大学公共政策大学院にてMPA(公共政策学修士号)、コロンビア大学で教育経済学のPh.D.取得。専門は教育経済学。著書にビジネス書大賞2016準大賞を受賞し、発行部数30万部を突破した『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)。
津川友介(つがわ・ゆうすけ)
UCLA助教授(医療政策学者、医師)
日本で内科医をした後、世界銀行を経て、ハーバード大学で医療政策学のPh.D.取得。専門は医療政策学、医療経済学。著書に『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』(東洋経済新報社)。ブログ「医療政策学×医療経済学」で医療に関するエビデンスを発信している。