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財部誠一の現代日本私観

菅政権の「会議乱立」が招く震災復興への致命傷

財部誠一 [経済ジャーナリスト]
【第4回】 2011年4月26日
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「天井以外は被災前のまま」の見事な地震対策
3月中に再稼動したパナソニック関連工場

 「日本のものづくりは並はずれた復原力を持っている」

 3.11の震災直後、関東・東北エリアにある15ほどの関連工場の被災状況をクルマに乗って一気に見て回ったパナソニック社長、大坪文雄は被災したはずの工場の整然たる姿に強く心を動かされた。

 「天井は崩落していましたが、視線を目の高さ以下にキープする限り、工場の様子は震災前と何か変わったことがあるのか思ってしまうほど整然としていた」

 ある工場では12万トン級のプレスが15ミリ太いビスを使って数10か所で地面に固定されていた。それでも震度7の揺れに抗しきれず、20センチほどプレスが横ズレした。だが、巨大なプレス機械は横に少しズレたこと以外、何の支障も起きなかった。さらに大坪が驚かされたのは重要な金型を収納しておく棚に施されていた地震対策の見事さだった。

 重量が数10キロもある金型は地震の際、一つ間違えれば、建屋の壁をぶち破り、吹っ飛んでいく。貴重な金型が損傷して使えなくなるばかりか、殺人の凶器にすら変貌する。

 大坪が訪ねた工場では、収納棚の底をやはり太いビスでしっかりと地面に固定し、さらに棚の上板も天井とL字型の留め具で固定。また従来なら収納した金型の前面にたるんだ鎖を両サイドからぶら下げていたそうだが、鎖が太い鉄の棒に取り替えられており、いかなる揺れにも耐えられる万全の対策が施されていた。

 たしかに巨大な揺れの結果、工場の天井は抜け落ちた。しかし、地面の瓦礫さえきれいに片づければ、工場は何事もなかったような日常風景に戻ってしまったのだ。もちろん生産再開までには様々な機器の調整をはじめ難問山積だったが、パナソニックの15工場は3月中にすべて再稼働にこぎつけた。

「素早い支援」と「凄まじい復原力」
大企業の現場から感じる復興への手応え

 被災地への支援物資輸送も尋常ならざる速さだった。「災害時は何をさておいても支援に全力をあげる」という創業者松下幸之助の思想は今もこの会社に脈々と生きている。

 震災発生の3日後、宮城県内の関連工場にはAV機器のビジネスユニットから送った大量の水、食料が到着していた。それを工場の社員たちで分け合っただけではなく、工場周辺の被災者にも配った。その際も公平性を損なわぬようにと、工場内の敷地に机をだして、住所、氏名、受け取った支援物資の内容を一人ずつ記帳するということまでやっている。もちろんこの工場の社員たちも被災者だ。自宅が倒壊したり、半壊したり、津波で親族を失った人たちもいる。それでも彼らは、職場の復旧に全力をあげたという。

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財部誠一 [経済ジャーナリスト]

1956年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、野村證券に入社。同社退社後、3年間の出版社勤務を経てフリーランスジャーナリストに。金融、経済誌に多く寄稿し、気鋭のジャーナリストとして期待される。BS日テレ『財部ビジネス研究所』、テレビ朝日『報道ステーション』等、TVやラジオでも活躍中。また、経済政策シンクタンク「ハーベイロード・ジャパン」を主宰し、「財政均衡法」など各種の政策提言を行っている。


財部誠一の現代日本私観

経済ジャーナリスト・財部誠一が混迷を極める日本経済の現状を鋭く斬るコラム。数々の取材から見えた世界情勢を鋭く分析するとともに、現代日本にふさわしい企業、そして国のあり方を提言していく。

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