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マレーシア大富豪の教え
【第5回】 2017年4月22日
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小西史彦

平凡な人間も、熱中すれば必ず「非凡」に至る
マレーシア大富豪の教え

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NHKやテレビ東京、日経産業新聞などで話題の「マレーシア大富豪」をご存じだろうか? お名前は小西史彦さん。24歳のときに、無一文で日本を飛び出し、一代で、上場企業を含む約50社の一大企業グループを築き上げた人物。マレーシア国王から民間人として最高位の称号「タンスリ」を授けられた、国民的VIPである。このたび、小西さんがこれまでの人生で培ってきた「最強の人生訓」をまとめた書籍『マレーシア大富豪の教え』が刊行された。本連載では、「お金」「仕事」「信頼」「交渉」「人脈」「幸運」など、100%実話に基づく「最強の人生訓」の一部をご紹介する。

何事も、まずは徹底的に「数」をこなす

 無一文でマレーシアに飛び込み、2ヶ月で解雇されたのち、私は営業マンとしてキャリアをスタートさせました。当時の私には、営業経験はおろか、ほぼ社会人経験もありませんでした。しかも、地の利のないマレーシアですから、悪状況といえばそのとおり。

 ここで、私がとった戦略はきわめてシンプルです。まずは、徹底的に「数」をこなすということ。要するに、「下手な鉄砲も数打てば当たる」というわけです。

 この戦略は、若いころから身についたものです。
 あれは、高校生のときのこと。私は生物クラブに入っていたのですが、あるとき、プランクトンを顕微鏡で観察してスケッチすることになりました。ところが、私はスケッチがヘタで、どう見ても実物とかけ離れている。先生や先輩からも「下手くそ」だと笑い者にされました。それが癪(しゃく)で、「だったら顕微鏡で実物を撮影してやろう」と思い立ちました。

 私は、もともと写真が大好きでした。中学生のころに、牛乳配達のアルバイトを2年間続けて貯めたお金で、べらぼうに高い一眼レフのカメラを購入。ひまがあれば、写真を撮っていました。当時はまだ顕微鏡撮影は一般的ではありませんでしたが、一眼レフにアダプターを取り付ければ撮影は可能。顕微鏡で見るプランクトンは本当に美しいので、先生や先輩を見返してやろうというだけではなく、その姿を写真に収められたら素晴らしいだろうと、“マニア心”に火がついたわけです。

 ところが、今のカメラのようにオートフォーカスではないので、シャッター速度や絞りなどは試行錯誤を繰り返すほかありませんでした。だから、夏休みも学校に通って、無我夢中になってデータを延々と取り続けました。徹底的に「数」をこなしたのです。そして、夏休みも終わりごろようやく撮影に成功。そのときの喜びは、いまもよく覚えていますね。

 そして、2学期が始まって、いよいよ発表会当日。私は、わざわざみんなにバカにされたスケッチを最初に見せました。「私がスケッチするとこうなります」と言うと、みんながワーッと笑う。そのうえで、こう言いました。「これでは、とうていプランクトンには見えないので、顕微鏡撮影をすることにしました」。すると、「顕微鏡撮影?」とざわざわし始めました。

 そして、30枚ほどの写真を見せると、みんな唖然(あぜん)としていました。最初は、先生も「まさか」と信じてくれませんでした。しかし、ちゃんとフィルムもある。シャッター速度や絞りのデータもそろっている。これらをすべて見せると、先生もようやく信じてくれました。そして、手放しで絶賛。学校でも大評判を呼びました。

 それは、気持ちよかったですね。顕微鏡撮影などやったこともありませんでしたが、徹底的に撮影データを取り続ければ誰でもできる。そう思って、延々とやり続けることで、誰もやったことのないことに成功したのです。未経験のチャレンジであっても、「数」をこなせば成功できることを学んだ貴重な経験でした。

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小西史彦

小西史彦(こにし・ふみひこ)
1944年生まれ。1966年東京薬科大学卒業。日米会話学院で英会話を学ぶ。1968年、明治百年を記念する国家事業である「青年の船」に乗りアジア各国を回り、マレーシアへの移住を決意。1年間のマラヤ大学交換留学を経て、華僑が経営するシンガポールの商社に就職。1973年、マレーシアのペナン島で、たったひとりで商社を起業(現テクスケム・リソーセズ)。その後、さまざまな事業を成功に導き、1993年にはマレーシア証券取引所に上場。製造業や商社、飲食業など約50社を傘下に置く国民的企業グループに育て上げ、アジア有数の大富豪となる。2007年、マレーシアの経済発展に貢献したとして同国国王から、民間人では最高位の貴族の称号「タンスリ」を授与。現在は、テクスケム・リソーセズ会長。既存事業の経営はほぼすべて社長に任せ、自身は新規事業の立ち上げに采配を振るっている。

 


マレーシア大富豪の教え

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