「彼らの驚異的な運動能力は一体どこから来るのだろうか?」

 北京五輪・男子100mのウサイン・ボルト選手が、9秒68という驚くべき記録を打ち立てた頃、国内外のメディアはこぞって“スプリント工場”と呼ばれるジャマイカ勢の強さの秘密を、体格や走法、食べ物といった目に見える特徴から分析し、様々な見方を報じていた。

 そんな時、私たち取材班は、彼らの能力を目に見えない遺伝子という側面から徹底的に調べている研究者がイギリスにいると聞いた。早速興味を持ち、その研究者に連絡をしてみると、確かに「ジャマイカのスプリンターたちが共通して持つ、いわば“金メダル遺伝子”なるものを探そうとしている」という。

世界の研究者も注目するケニアの陸上競技の選手たち。長距離走に強いケニア、短距離走に強いジャマイカをはじめ、世界のトップ・アスリートのDNA解析が進んでいる。

 本当に、そんな遺伝子が存在するのか。また、もしあるとするなら、どのような遺伝子なのか。こうして取材班は、アスリートと遺伝子の関係を追跡するため、イギリスのグラスゴーに向かった。

短距離走に強い
遺伝子タイプがあった!

 その研究者の名は、ヤニス・ピツラディス教授。教授は、日本からやって来た私たちを、早速、大学の薄暗い地下室に案内してくれた。そこにあったのは、巨大な冷凍庫。中には、世界中で集められた1000人分を超えるトップ・アスリートのDNAが厳重に保管されていた。実は、教授は“DNAハンター”と呼ばれ、10年をかけて長距離王国のケニアや、短距離に強いアメリカやナイジェリア、そしてジャマイカのスプリンターのDNAを集めてきた人物だった。

 冷凍庫の次は、膨大な研究資料だ。中でも、教授はジャマイカのスプリンターの遺伝子を解析した結果を示しながら、

「彼らの遺伝子を調べたところ、“瞬発力系競技”の能力に関わる有力な遺伝子のタイプがあることが分かってきました」

と言った。

世界中のアスリートのDNA解析を進める、イギリス・グラスゴー大学の研究チーム。「金メダル遺伝子」を探るため、世界の研究者がしのぎを削っている。

 その遺伝子とは、筋肉の構造を強める働きを持つ「ACTN3」と呼ばれる遺伝子。ジャマイカのスプリンターの75%が、このACTN3遺伝子が「CC型」と呼ばれるタイプだということが分かったというのだ。

 教授によると、この「CC型」の人は、短距離走で瞬発力を生み出す速筋繊維の内部に、筋肉の構造を強化する特殊なたんぱく質を作ることができるという。そのため、筋繊維が高速で収縮しても耐え得る強さを獲得しているのだ。そしてこの「CC型」が、陸上の短距離走だけではなく、瞬発力やパワーが要求される競技に有利であり、オリンピックで勝つための1つの鍵を握っているともいう。

 瞬発力に関わる遺伝子は確かに存在していた。もちろん、まだ研究が進んでいる段階で断定はできないものの、私たちはその後の取材でもオリンピックの瞬発力系競技の選手の中から、このCC型が高い確率で見つかっていることを報告した複数の研究があることを知った。