拙著、『知性を磨く』(光文社新書)では、21世紀には、「思想」「ビジョン」「志」「戦略」「戦術」「技術」「人間力」という7つのレベルの知性を垂直統合した人材が、「21世紀の変革リーダー」として活躍することを述べた。第26回の講義では、「技術」に焦点を当て、拙著、『意思決定 12の心得』(PHP文庫)において述べたテーマを取り上げよう。

ベテランの直観力

 今回のテーマは、「『直観力』を磨ける人と磨けない人の違い」。このテーマについて語ろう。

 前回、「意思決定」の力を身につけるために必要な「直観力」「説得力」「責任力」という「3つの能力」について述べたが(「意思決定ができないリーダー 3つのタイプ」)、今回は、これらのうち「直観力」をいかにして身につけるかを述べよう。

 これまで、この連載においては、「直観力」を身につけるためには「論理に徹する」ことが近道であることを述べてきた。今回は、「直観力」を身につけるためには、「体験に徹する」ことが重要であることを述べよう。

 最初に、「直観力」と「経験」に関するエピソードを紹介しよう。

 あるとき、たまたま乗り合わせたタクシーの運転手から、面白いことを聞いた。彼が言うには、熟練の運転手は、道路を走っていて道端で手を挙げている客を見つけたとき、その客の風体を見ただけで、どの程度遠くまで行く客かが分かるそうなのだ。男性か女性か、年齢は何歳ぐらいか、どんな職業か、そうしたことを瞬間的に判断することによって直観的に料金メーターがどの程度出るかが分かると言う。

 これは、永年の経験を積んだ熟練の運転手が身につけている優れた直観力についてのエピソードである。

 こうした「経験豊かなベテランの直観力」という点では、プロ野球にも似た話がある。プロ野球の選手でベテランの外野手などは、長い実戦経験から、バッターが球を撃った音を聞いただけで、飛んでくる方向や、飛距離が直観的に分かるという。

 また、手打ち蕎麦の職人は、熟練の職人であるならば、打ち上がった蕎麦を分けるとき、目分量と手先の加減で分けただけで、1グラムと違わないそうだ。

 いずれも、にわかには信じがたい話ではあるが、話半分としても、これらのエピソードは、ある専門的な職業での経験を積んだ人は、その職業で求められる直観力を自然に身につけていることを教えてくれる。

 そして、このことは、ビジネスの世界においても真実である。例えば、多くの現場経験を積んできた熟練のマネジャーもまた、優れた直観力を使ってマネジメントを行っている

 それを象徴するのが、「MBWA」(Management By Wandering Around)と呼ばれるマネジメント手法である。これは、かつてピーターズとウォータマンの『エクセレント・カンパニー』という本の中でも紹介されたマネジメント手法であるが、職場を徘徊(wandering around)するだけで、職場に潜在する問題を直観的に把握するマネジメント手法のことである。

MBWAという方法

 確かに、こうしたMBWAを行う熟練のマネジャーは、日本企業にも少なからずいた。筆者の新入社員時代の経験でも、こうした直観力に優れたマネジャーがいた。

 仮に田中マネジャーと呼んでおこう。この田中マネジャーは、いつ仕事をしているのか、いつもヒマそうにしている。朝、会社に来てからは、社内電話で、あちこちの部署のマネジャーと電話で業務連絡をこなし、ついでに色々と雑談をする。そして、しばらくすると、今度は、職場のなかをあちこち雑談をしてまわるのだ。さらに、昼休みには、若手社員や上司とともに近くの店に食事にいく。戻ってきてからも、ひとしきり職場のメンバーと雑談だ。

 正直言って、入社したばかりの筆者は、この田中マネジャーを見て、いったい、いつ仕事をしているのかといぶかしげに思っていたのだが、不思議なことに、社内の評判は、「田中マネジャーは仕事ができる」という定評があった。今にして思えば、筆者が未熟であったため、この田中マネジャーの力量が見えなかったのだが、しばらくして、この田中マネジャーの力量に驚いたことがあった。