「幸せ食堂」繁盛記
【第五十回】 2017年8月4日 野地秩嘉

クレイジーケンバンドのギタリスト
小野瀬雅生さんとの「旨いもの夜話」
特別対談

「幸せ食堂繁盛記」に登場した店の3割くらいは、クレイジーケンバンドのリードギター奏者、小野瀬雅生さんの示唆による。小野瀬さんのブログ「世界の涯で天丼を食らうの逆襲」を見て、あっ、おいしそうだ、安そうだ、幸せそうだと感じて取材に行ったものだ。わかりやすく言えばブログの本質を援用したものであり、もっと素直に言えばパクったことになる。だから、一度は謝罪しなければならないと思い、三軒茶屋に今年の5月にオープンした新進気鋭の焼き肉店「焼肉ケニヤ」に招き、小野瀬氏の食に関する卓見の数々を拝聴することにした。

対談会場の「焼肉ケニヤ」
(03-6413-8838/東京都世田谷区三宿1‐4‐18/営業時間 16:00~23:00 水曜休)

偏食でも生きていける

野地 いつもブログ見てます。所収している店はどうやって見つけたのですか?

小野瀬 おいしいものを教えてくれる友人や知人がいて、その方たちからのタレコミが主です。

野地 東京だけじゃないですよね。

小野瀬 はい、地元の横浜から大阪、岡山にもナビゲーターがいます。そして、僕が行く場合、ネットのレビューはまったく気にしてません。たとえば、横浜橋の天丼「豊野丼」(編集部:本連載第10回に掲載)。1995年くらいから通っています。一番のポイントは、食べた後に胸焼けがしなかったし、のども渇かなかったこと。おなかいっぱいなんだけれど、マイナスすべきところがない。純粋な満腹感がありました。それまで食べた天丼は、味が濃くてのどが渇いたり、油が悪くて胸焼けしたり。まあ、高価な天丼を食べたことがなかったこともありましたけれど(笑)。豊野丼は素敵な天丼です。

野地 豊野丼は量がものすごいのですけれど、完食されてます?

小野瀬 まあ。

野地 体の大きい人ばっかりいますよね。

小野瀬 横浜のあの辺のお店はみんな体の大きい人が来て栄えてる。カレーの「バーグ」という店があって、カレーの上に肉の焼いたのと生卵が落ちてる。そこは見事に豊かな体型の客しかいません。

野地 小野瀬さんのブログを見ていると、卵かけごはんがダメだったり、偏食の経験があったのですか?

小野瀬 ありました。

野地 いつごろまで?

小野瀬 3年前くらいでしょうか、それまで難関だった卵かけご飯を遂に制覇しました。カレーの上に載せる生卵は大丈夫だったのですが、ともかく卵かけごはんはダメでした。カレーを介さない生卵とご飯を一緒に食べられなかったんですね。

野地 オムレツは?

小野瀬 混ぜてあれば平気なんです(笑)。黄身と白身が分離してる状態がダメでした。だからオムレツは大丈夫で、目玉焼きはNG。

野地 生卵がダメというのは健康的な問題ではなくて、お嫌いだったということですね。

小野瀬 単純に苦手だったんです。思えば、子どもの頃は何も食べられなかったですね。父親が戦時中の人だったんで、まず野菜が食卓に出てこない。小学校に行って、初めて野菜を見たけれど、まったく食べられない。

野地 それらを次々に倒して行って、“ラスボス”が生卵だったというわけですか。

小野瀬 ええ。卵はとにかく最大の敵でした。何よりもゆで卵。ハードボイルドがダメでした。それが今ではラーメン屋でちゃんと味玉付きとか言ってます。考えると、吉祥寺の肉料理の店「肉山」に、醤油を使わずゴマ油と塩で調味した卵かけごはんがあるんですが、これが実にうまかった。あれ以来、大丈夫になったのかもしれません。

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野地秩嘉 

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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