金融市場にはいろいろな定説(諺)がある。筆者が80年代後半から90年代前半にかけてメガバンクで為替のディーラーだったころ、よく言われたものの一つに「有事のドル買い」があった。それがいつの間にか「低リスク通貨の円」と言われ、リスクが高まるとドルが売られ円が買われるようになり、逆転現象が起きた。最近ではさらに、リスクが高まってきてもそれほど円高に行かなくなってきた。円の性質が“変貌”してきているのである。

 80年代から言われた「有事のドル買い」とは、世界のどこかで、戦争(紛争)が起こりそうになると、そのころ圧倒的な軍事力を誇った米国の通貨ドルが買われた、ということである。為替の世界は動物的な判断が命で、即座の動き(ディール)が要求された。

9.11を境に「有事のドル売り」へ

 それが大きく変貌したのが、2001年の9.11の同時多発テロである。それ以前、米国は本土が戦場になることはなかったが、9.11を境に今後は米国本土がテロの対象として狙われる可能性が高まった。ここから金融市場では「有事のドル売り」となった。

 為替をはじめとした金融市場の取引をする場合、まず「先進国」と「新興国」とは性質が違う市場として分けて考える。先進国の通貨としては、米ドル・ユーロ・日本円が主たる通貨だ。米ドルの次にユーロはというと、2009年以降のギリシャショックで、屋台骨が揺さぶられ、ユーロもリスク通貨と認識されることとなった。

 消去法で残ったのが日本円である。財政赤字も世界一で、経済成長率も低く、本当に低リスクなのかというと疑問ではある。が、ケインズの美人投票の理論ではないが、そのように“認識されている”ことが市場では大事なのだ。とにかく、リスクが高まると円が買われるようになった。円の最高値1ドル=75円32銭を付けたのは2011年で、東日本大震災の影響冷めやらぬ時である。いうなれば、世界的にリスクが高まれば、円が買われる構造になってきた(日本でリスクが発生しようが、である)。

 国際的な資金フローの面から説明すると、日本の為替市場に大きな影響力を持つ機関投資家は、基本的にドルを始めとした海外への投資が基本であり、金額も非常に多い。リスクが高まると、様々な意味で“守り”に入るために、対外資産を国内に戻す、すなわち大量の円買いとなるのである。

 最近の北朝鮮のミサイル騒動は、2016年2月の長距離弾道ミサイル「テポドン2改良型」から始まっている。その後、たびたび日本上空を横断するようなミサイルも発射され、まさにリスク(地政学的リスク)の高まりということで、為替市場も円高に向かった。

 しかし、最近は明らかに円高に向かう力が弱まってきた。もちろん北朝鮮リスクが低くなってきた(あるいは慣れてきた)ともいうことはできる。米国の中央銀行FRBが利上げを行っているとはいっても、為替が金利で動くのは“平常時”であり、平常時と、リスクが支配する“異常時”では考える軸が違う。