第2回で、しばしば「知識が思考の邪魔をする」ということを説明しました。しかし、だからといって知識が役に立たないわけでも、知識を得るための努力が無駄なわけでもありません。知識は思考のために利用すべきだし、大いに役にも立ちます。最終回では、知識と思考のあるべき関係を簡単に紹介します。

9・11が浮き彫りにした日米英のメディアの違い

 ちきりんが考える「知識」と「思考」の最適な関係は、「知識を思考の棚に整理する」というものです。思考の棚の中に知識を整理して入れ込むことにより、個別の知識が意味をもってつながり、全体として異なる意味が見えてくることがあります。そういった「統合された知識から出てくる新たな意味」が、「洞察」と呼ばれるものとなります。

 ここでいう「思考を格納する棚」とはどんなものなのか、例を見てみましょう。

   2001年9月11日、アメリカでいわゆる「9・11テロ」が起こったとき、私は帰宅直後につけたテレビのニュースで事件を知り、そのあとは朝まで固唾を飲んでテレビ画面を凝視していました。

 当時は年に何度も米国に出張する仕事についていたので、米国の国内線飛行機にひとりで搭乗することもしばしばありました。よく見慣れたアメリカン航空やユナイテッド航空の機体が摩天楼のビルに突撃する映像は、ショックを通り越してにわかには信じがたいものでした。

 自宅ではBBCやCNNなど海外ニュースも視聴できる環境だったので、NHKに加えこれらのニュースチャンネルを頻繁に切り替えながら報道を見ていたのですが、日付が変わって2時間ほどたったころ、NHK、BBC、そしてCNNの3局の報道スタイルが大きく異なっていることに気がつきました。

 その違いは時間がたつごとに際だち、朝の3時、4時になると同じ事件を報道しているとは思えないくらい3つの番組の構成は異なってきたのです。