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スマートフォンの理想と現実

震災から1年。見えてきた「情報と私たち」のあり方

クロサカタツヤ [株式会社 企/株式会社TNC 代表]
【第21回】 2012年3月15日
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東日本大震災から1年

 東日本大震災から、1年が経った。亡くなられた2万人近い方々に、改めてご冥福をお祈りするとともに、今なお厳しい避難生活を余儀なくされている被災者の皆様に、お見舞い申し上げる次第である。今回はスマートフォンから少し離れて、震災で見えてきた「情報と私たち」のあり方について、書き留めておきたい。

 地震が発生した3月11日、幸運なことに私は打ち合せの合間に、たまたま自宅兼オフィスに戻っていた。次の予定が夕方だったので、そろそろ出かけようかと思っていた矢先、猛烈な揺れに見舞われ、同じく自宅にいた妻とまだ赤ん坊だった次女を抱え、家族で食卓の下に身を潜めたのを、いまでも鮮明に思い出す。

 倒れる本棚、鍋から溢れる水、そしてお台場から立ち上る黒煙――その瞬間、私は「とうとうその日が来てしまった」と感じていた。東京に生まれ暮らす者として、東海地震や首都圏直下型地震の可能性は常に指摘されていたこともあり、そう思ったのかもしれない。ただ、本当の意味で「その日」が来てしまったのは、東北地方沿岸部であり、福島だった。

 諸般の事情で被災地には早い時期に入り、あちこちで惨状を目にしてきた。そして「これは私も何かお手伝いしなければ」と思うに至り、現在に至るまで被災地に足繁く通い、復旧・復興の支援活動を微力ながら続けている。

一筋縄ではいかない

大船渡市では340人の方が亡くなり、いまだ84人の方が行方不明(2010年2月21日現在)

 被災地に入ってみて、いろいろなことが見えてきた。報道されなかった混乱、いざという時にアテにならない社会インフラ、地域社会の難しさ――東京で、あるいはネット上で、伝えられている〈被災地の美談〉とはまったく異なる現実の厳しさが、そこには横たわっていた。

 たとえば、ケータイ。東京では「ソフトバンクモバイルがつながらない」などと揶揄されていたが、つながらないのはどこも一緒。移動基地局により回線が復旧したのは、各社とも3月下旬になってからだし、それとて移動基地局のそばにいなければ使えない。極論すれば、自分の端末が使えるというだけの黒電話である。

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クロサカタツヤ[株式会社 企/株式会社TNC 代表]

1975年生まれ。慶應義塾大学・大学院(政策・メディア研究科)修了後、三菱総合研究所にて情報通信分野のコンサルティングや国内外の政策調査等に従事。その後2007年に独立し、現在は株式会社企(くわだて)代表として、通信・メディア産業の経営戦略立案や資本政策のアドバイザー業務を行う。


スマートフォンの理想と現実

2011年はスマートフォンの普及が本格化する年になる…。業界関係者の誰しもがそう予感していた矢先に発生した東日本大震災は、社会におけるケータイの位置づけを大きく変えた。しかし、スマートフォンの生産に影響が及びつつも、通信事業者各社はその普及を引き続き目指し、消費者もまたそれに呼応している。震災を受けて日本社会自体が変わらなければならない時に、スマホを含むケータイはどんな役割を果たしうるのか。ユーザー意識、端末開発、インフラ動向、ビジネスモデル等、様々な観点からその可能性と課題に迫る。

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