「企業自身もできないこと」を
大学生に求める愚

・指示を待たずとも、どんどん仕事を進める能力
・逐一こちらの判断を仰がずに、自分で判断する能力
・任されたら逃げることなく、最後まで完遂する能力

 どれも重要である。

 しかし、それでも企業が漠然と「主体性」を求めることには無理がある。なぜなら、

(1)(自分たちもできていないのに)こんなにたくさんのことを大学生に求めても、(スーパーマン以外は)できるわけがない

(2)どういうことを企業で育成して、どういうことを大学生の間に身につけておいてほしいか、という区分けや指示もできていない

(3)言葉の持つ意味の多様性についての認識が甘く、拡大解釈の余地をつくってしまっており、結果として、以前に経団連が必要であると説いた“コミュニケーション能力” (言語を明確にし、意思疎通ができる)が十分でないことを、企業側が自ら露呈してしまっている

からだ。

 企業は少なくとも、先程の「主体性」がもつ3つの意味のうち、どこを重視しているかという優先順位をつける必要があるだろう。

 そして、ここからはあくまで個人的な意見であるが、3つのなかで「任されたら逃げることなく最後まで完遂する能力」――「当事者意識」を最優先として、卒論、修論を指導教官のもとでしっかり書く(断じてコピペのつぎはぎではない)ことを推奨するのがよいのではないかと思う。