好評の「媚びない人生」対談シリーズ、今回は『挑戦する脳』を上梓したばかりの茂木健一郎氏と、多くの書店でベストセラーのランキング入りしている『媚びない人生』著者のジョン・キム氏との対談の後編をお届けします。今、2人が伝えたいメッセージとは。(取材・構成/上阪徹 撮影/小原孝博)

肩書きも何もかもリセットしたら、何が残るか

早急に白黒つけたがる人は<br />幼稚であると気づけ<br />【茂木健一郎×ジョン・キム】(後編)茂木健一郎(もぎ けんいちろう) 1962年生まれ。脳科学者。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。『脳と仮想』で第四回小林秀雄賞、『今、ここからすべての場所へ』で第十二回桑原武夫学芸賞を受賞。『欲望する脳』『化粧する脳』『熱帯の夢』、共著書に『空の智慧、科学のこころ』他、著書多数。

茂木 キムさんは、人生をどうしたいんですか。

キム 具体的に何をするか、ということには、あまり興味はないんです。目指しているのは、自分の時間を自由に使える範囲をもっと広げたい、ということです。他者に縛られない自由の中で、自分がやりたいことを、やりたい場所で、やりたいときにやれるような環境を作り出していきたい。

 もうひとつは、素敵な人たち、自分が学びを得られる人たちと連携をしながら、高い志やモチベーションに基づいて、何かを楽しく一緒にやっていきたい。その結果として価値が生まれてきたり、若い人に夢や希望が与えられるようなものなればうれしいな、と。何かを目標して頑張るのではなくて、自分自身の人生というものを、燃え尽くすように生きていきたいんです。

 その意味では、自分自身に反省もあるんですよね。これまでは、学者になるという目標のために、走ってきたところがあるから。これは残りの人生を自ら作り出す上で、土台的な意味では大事だったと思っていますが、そこに縛り付けられないことが、自分の人生の責任なのではないかと今は思っています。いつか、すべてゼロリセットするかもしれないですね。何もかもすべて削り落としたとき、純度の高い自分というものが残ると思うからです。

早急に白黒つけたがる人は<br />幼稚であると気づけ<br />【茂木健一郎×ジョン・キム】(後編)
ジョン・キム(John Kim)
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特任准教授。韓国生まれ。日本に国費留学。米インディアナ大学博士課程単位取得退学。中央大学博士号取得(総合政策博士)。2004年より、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構助教授、2009年より現職。英オックスフォード大学客員上席研究員、ドイツ連邦防衛大学研究員(ポスドク)、ハーバード大学法科大学院visiting scholar等を歴任。アジア、アメリカ、ヨーロッパ等、3大陸5ヵ国を渡り歩いた経験から生まれた独自の哲学と生き方論が支持を集める。本書は、著者が家族同様に大切な存在と考えるゼミ生の卒業へのはなむけとして毎年語っている、キムゼミ最終講義『贈る言葉』が原点となっている。この『贈る言葉』とは、将来に対する漠然とした不安を抱くゼミ生達が、今この瞬間から内面的な革命を起こし、人生を支える真の自由を手に入れるための考え方や行動指針を提示したものである。

茂木 いいですね。今や学問というものも変わってきている。学術情報自体はネット上にいっぱいある。もちろん実験しなくちゃいけない人もいますけど、そうでない学術分野が広がっている。面白い取り組みや分野が進んでいる。どこかに所属する必要性は薄れていますね。実際、脳科学の世界でも、人文系の人たちとの協同の必要性が増えてきていたりもします。

 それこそ僕が去年、アメリカの学会で発表したのは、紛争の認知神経学なんですよ。どうして国境紛争は起こるのか、ということです。これは、動物行動学の攻撃性の起源ともからむし、国際政治ともつながってくる。もうジャンルそのものが意味がなくなってきているんですね。

 また、日本でもそうですが、年度末になると予算をどっと消化するという文化がアメリカにもあって、これを変えるにはどうすればいいか、なんて研究もある。実は今年の北米神経科学会の研究発表のひとつなんですが。脳科学でも、こういう時代なんです。大学という組織にいることで得られることもあるけれど、実質的に考えると、研究したり、考えている時間って、インスティチューションと関係なく、オンラインでできてしまうんですよね。

 だからキムさんの言うことはよくわかります。真水の部分というか、純粋な意味で、自分のアクティビティのコアがどこにあるかということを、みんなが振り返るべき時期に来ている気がしますね