「疲労のメカニズム」も
世界で初めて解明された

――「『唾液中のヘルペスウイルスの量で疲労が測れるのはなぜか』の答えを探すことが、疲労のメカニズムの発見にもつながった」と著書にありました。

 体の中に潜んでいたヘルペスウイルスが再活性化するメカニズムについては、昔から、「難破船の船底に潜んでいるネズミ」のたとえ話が用いられてきました。船が嵐にあって難破しそうになると、いち早く危険を察知したネズミたちが船から脱出しようとするそうです。

 つまり、ヘルペスウイルスの中でも疲労に敏感なHHV-6やHHV-7が、疲労という「ヒトの危険」を察知して、宿り主から出て行こうとするのが再活性化であり、これらのウイルスがヒトの体のどのような変化を感じ取って再活性化するのかを知ることができれば、疲労のメカニズムを解明できると考えました。

――では「疲労のメカニズム」について教えてください。

 疲労には「疲労感」と「体の疲れ」という二つの側面があります。また、疲労の種類にも「生理的疲労(労働や運動による疲労)」と「病的疲労(特に原因がない疲労)」があるのですが、現状では研究者さえ混同している場合が多く、疲労をめぐる学説は混乱しています。これらはきちんと整理した上で語られなければならないのですが、ほぼ一緒くたで語られているのです。

――一緒くたというと?

 たとえばわれわれは、世界で初めて疲労の原因物質(疲労因子)である「リン酸化eIF2α」の発見に成功しました。ただし、「リン酸化eIF2α」は生理的疲労の原因物質であっても、病的疲労の原因物質ではありません。同じ疲労でも、メカニズムはまったく異なるということを覚えておいてください。

――では、「生理的疲労のメカニズム」を教えてください。

 まずは「疲労感」の仕組みからお話しします。
 
 疲労感は「炎症性サイトカイン」という物質が脳に作用することで発生します。

――「炎症性サイトカイン」はがんと感染でよく耳にします。私たちの体が、がん細胞や病原体などの異物を察知した際、自ら炎症を起こして異物を排除しようとする免疫反応が作り出す物質ですね。

 炎症性サイトカインが脳に作用すると、脳は「疲労感」という形で「休みなさい」というメッセージを発します。風邪をひいた時などに、発熱して休みたくなるのはそのせいです。

「疲労感」は通常やっかいなものと考えられがちですが、実は体の危険をわれわれの脳に知らせてくれる重要な仕組みで、別名「生体アラーム」とも呼ばれます。こうした生体アラームには疲労感のほかに「痛み」もあります。

――では、「体の疲れ」はどうですか?

 われわれが発見した「疲労因子(リン酸化eIF2α)」は、体の中で心臓、肺、消化器などの材料となるタンパク質の合成を担う「タンパク質合成因子(eIF2α)」が「リン酸」と結びつくことで誕生します。タンパク質合成因子が疲労因子に変化してしまうと、タンパク質の生成量が減り、臓器の働きが低下したり機能障害が起きたりします。こうした疲労因子が増えることで起きる状態が「体の疲れ」の正体です。

 また、このリン酸化eIF2αは、炎症性サイトカインを産生させる働きもあります。リン酸化eIF2αによって産生された炎症性サイトカインが脳に伝わって「疲労感」を生じさせることで、ヒトは「体の疲れ」を知ることができるのです。

――疲労因子を測定できれば、疲労度が測れますね。

 そうですね。しかし、体中にできる疲労因子の数を数えるのは事実上不可能です。そこで開発したのが、疲労因子に反応して数が増える唾液中のヘルペスウイルスを数えて疲労度を測る方法です。