加えて、給付を受ける国民が自分の判断で最も有効だと思う使途にお金を使える点でも現金給付は優れている。なのだが、今回のようにいかにも「しょぼい」、そして同時に「不公平な」現金給付案が世間にさらされることによって、現金給付型の政策自体が忌避される対象になることが心配だ。

愚策が世間の目に触れた意味
じわりと近づく「岸田リスク」

 邪推かもしれないのだがあえて言うと、「年金受給者への5000円支給」は、現金給付型の政策を嫌う官僚が無能な自民党の政治家の隙をついてあえて提案させた、失敗が予定されていた提案なのではなかろうか。現金給付は、官僚の差配の範囲が小さく、同時に他の支出から財源を奪う政策なので、官僚の多くはこれを嫌い、「バラマキ」などとやゆする。

 失敗させるためにけしかけたのなら、なかなかのいたずら心だと感心してやってもいい。ただ問題は、このような案が世間に出ること自体を許す岸田政権の経済、政治双方に対する理解と認識の乏しさだ。

 この調子では、岸田首相は、彼が嫌っている安倍晋三元首相のアベノミクスを修正しようとして、金融緩和政策から引き締めに転換しようとするリスクがある。既に、先般発表された7月の日本銀行の政策委員審議委員に関する人事案で非リフレ派の起用を決めた辺りにその気配が感じられるが、大いに心配なのは来春に控える日銀の正副総裁人事だ。

 任期が5年の日銀正副総裁と審議委員の人事は、向こう5年の政策決定会合における投票行動を予想させる点で、重要な「フォワードガイダンス(政策の先行きを示す指針)」の意味を持つ。日銀が金融引き締めに動き、岸田内閣が財政再建を目指すようなことになると、日本経済と株式市場にとっては向こう数年に影響する特大の悪材料が実現することになる。

 年金受給者への「5000円給付」案は、岸田首相が経済・政治・官僚のいずれについても全く理解していないことを示しているように思われる。この政策は撤回ないし修正されるとしても、このような愚策が登場したことの意味は心配だ。大きな「岸田リスク」が、じわりと近づいているように思える。