事実上「戦勝」状態にある
NATOの不安要素とは?

 その上、今後はウクライナ、モルドバ、ジョージアもNATOに加わる可能性がある。確かにこれらの国は今、ロシアに領土の一部を占領されている。だが、そのままの状態でも、3カ国がもしNATOに加盟すれば、NATOの東方拡大はより多くの旧ソ連国に及ぶことになる。

 戦争で苦しんでいるウクライナ国民にとっては大変申し訳ないことだが、NATOからすれば、すでにロシアに完勝し、得るものを得たということだといえる。これが、欧州には「新冷戦」など存在しないと言い切れる根拠である。

 ただし、事実上の「戦勝」状態にあるNATOだが、わずかに不安要素もある。

ペロシ氏訪台で「アジア主戦場の米中新冷戦」の足音、日本に覚悟はあるか本連載の著者、上久保誠人氏の単著本が発売されています。『逆説の地政学:「常識」と「非常識」が逆転した国際政治を英国が真ん中の世界地図で読み解く』(晃洋書房)

 ロシアのウクライナ軍事侵攻が始まって以降、ロシアからの石油・ガスパイプラインに依存していない米英を中心に、欧米諸国は一枚岩となってロシアに経済制裁を科してきた(第303回)。だが現在は、米英と欧州諸国の間に不協和音が生じているようにみえる。

 その理由は、ロシアが欧州へのエネルギー供給を大幅に削減したからだ。ロシアの国営エネルギー会社ガスプロムが先月末、ドイツにつながるパイプライン「ノルドストリーム1」の流量を半分に減らし、輸送能力の20%にすると発表した。そのため、今冬に深刻な天然ガス不足が起こる懸念が出て、欧州諸国に動揺が走っているのだ。

 そのため欧州諸国は、今冬のエネルギー不安を回避する目的で、ロシアがウクライナの領土を占領した状態のまま、停戦の実現に動くかもしれない。各国はウクライナへの武器供与などを行っているものの、NATOのロシアに対する「完勝」が決定的となった今、エネルギー供給不安を我慢してまで戦争を継続する意義がなくなってしまった。

 一方の米英は、ロシアからの輸入に依存しておらず、「ノルドストリーム1」の流量減によるダメージは相対的に小さい。ウクライナ戦争をこれ以上継続する積極的な理由はないが、戦争が長引くほどにプーチン政権が追い込まれるメリットもある。他の欧州諸国ほど停戦を急いでいるわけではなく、温度差が生じている(第304回)。

 とはいえ、ロシアの不利に変わりはない。今後のウクライナ戦争は、世界を巻き込む大問題ではなく、あくまでユーラシア大陸の一地域で起こった「局地戦」となっていくだろう。

 戦況が現状のまま停戦交渉が進めば、ロシアによるウクライナ領の占領という「力による一方的な現状変更」を容認することになるが、欧州諸国にとってはエネルギー面の不安が解消される。

 停戦が実現しても、ウクライナの領土をロシアが占領し続ける限り、経済制裁は続くが、ロシア産石油ガスは制裁対象から外されるだろう。プーチン政権を一挙に倒すことはできないが、それでもジワジワと追い詰めることはできる。温度差はあるものの、欧米諸国にとっては、それでも十分な成果なのだ。