ロシア停戦に米英が「本気を出さない」2つの理由、紛争長期化でも得る恩恵とは2021年にスイス・ジュネーブで開催された米露首脳会談での一幕 Photo:Pool/gettyimages

マクロン仏大統領とショルツ独首相が、ロシアのプーチン大統領と、80分間にわたって電話で3者会談した。このように、欧州諸国の首脳はウクライナ紛争の停戦に尽力している。一方、米国と英国の動きを注視すると、対話による紛争解決に消極的に見える。それどころか、開戦前から紛争の兆候を把握していたにもかかわらず、積極的に止めようとしなかった印象だ。米英は、なぜこうしたスタンスを取っているのか。その要因を、経済と政治の両面からひもといていく。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)

ロシアへの譲歩案を示していたウクライナだが
雲行きが変わった

 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は5月下旬、テレビ局のインタビューにおいて、ウクライナ紛争について「ロシア軍がウクライナへの本格侵攻を開始した2月24日以前の領土を取り戻すことができれば、ウクライナの勝利とみなす」と表明した(時事通信の報道より)。

 またゼレンスキー大統領は、米国などの一部にある「領土割譲の妥協案」を否定し、「ロシア軍がウクライナ領から全面撤退するまで、ロシアとの停戦や和平交渉に応じない」とする厳しい姿勢を示した。ウクライナが態度を硬化させたことで、停戦の可能性がますます遠のいている。

 この連載では、停戦が難しい理由の一つは、ウラジーミル・プーチン大統領の「保身」だと指摘してきた(本連載第299回)。停戦すれば、プーチン大統領の権威は失墜してしまう。一方で戦争を続ければ、国際社会からますます孤立し、欧米などからの経済制裁に苦しむことになるのも確かだ。

 すなわちロシアは、「進むも地獄、引くも地獄」の状況である(第298回)。だが、この国の権威主義的体制は、「プーチン大統領は絶対に正しく、判断を間違えない」という「無謬(むびゅう)性」を前提に成り立っている。そのためロシアは、「プーチン大統領が引いたのではなく、戦果を挙げた」という形でいかに停戦するかを模索し続けてきた。

 要は「プーチンの顔をいかに立てるか」が、停戦実現の最大の課題となってきたのだ。

 3月末の時点では、ウクライナはこの課題を踏まえ、ロシアに譲歩する形で停戦交渉を進めていた。

 具体的には「2014年にロシアが併合した南部クリミア半島の帰属棚上げ」を提案し、「東部ドンバス地方で親ロシア派勢力が侵攻前に支配していた領域についても、ロシアによる占領を一時的なものとして容認する」と表明した。

 そして、「その他の地域からはロシア軍が全面撤退し、占領地の帰属は今後の協議に委ねる」とするなど、具体的な妥協案を提示してロシアと交渉していた。

 しかし、4月にキーウ(キエフ)に侵攻しようとしたロシア軍をウクライナが追い返した頃から、停戦交渉の雲行きが変わった。ロシア軍が去ったキーウ周辺で、ロシア軍が住民を虐殺した実態が明らかになったからだ。