「友好」と「対立」の二極化でいいのか

「友好」は、目指すべき最も望ましい状態であることは言うまでもない。しかし、「日中友好」ほど“お題目化”している言葉はない。

「友好ではない状態だから、繰り返すしかない」という考えもある一方で、「仲良くしなければならない」という義務感が、結果的に「友好」を“形式的なもの”にとどめてしまった可能性もある。

 こうした現状に対し、1970年代生まれの内山書店店主の内山さんは「むしろ大げさに『日中友好』を唱える必要はなくなったのではないでしょうか」と語る。「唱えすぎるあまりに、結果として『友好』か『対立』かという二極化を招いてしまう」というのがその理由だ。

 中国の動画共有サイトの日本支社に在籍する范博文さん(20代)も、先細る“日中友好のスローガン”とはいえ、「次世代は正面からの押しつけを好みません」と語る。

 范さんによれば、日本では中国が開発したゲームが人気で、「ゲームに中国の京劇や水墨画、月餅や火鍋などが登場することから、日本の若い人たちが中国の伝統文化に興味を持ち始めています」と言う。

 友好活動に携わってきた日本の“長老派”の中からは「若者の中国離れを座視することはできない」という声も上がるが、極度な悲観論に走る必要もないのかもしれない。水面下ではコンテンツが持つ“国境破壊力”で、ごく自然な交流現象が見られるからだ。

「ドコミ」が示した「ゲームに国籍はない」の実態

 こんなエピソードもある。2021年8月、ドイツのデュッセルドルフ市で日本のアニメ・ジャパンエキスポ「ドコミ(ドイツ・コミック・マーケット)」が開催され、欧州全域から若い日本ファンを集めた。

 ところがその年、思いがけないことが起こった。参加者の多くが中国の“原神キャラ”のコスプレを身にまとっていたのだ。原神とは、中国企業が開発して世界的にヒットしたオンラインゲームである。

 これを目撃したドイツ在住の日本人女性(20代)は、「ドイツで開催されているジャパンアニメのエキスポ会場を、中国のゲームコンテンツの“原神キャラ”が歩いている」とショックを隠さなかった。この女性が会場にいたベルギー国籍の男性(20代)に意見を求めたところ、返ってきたのは「プレーヤーからすれば、中国かどうかではなく、面白いかどうかだ」という感想だった。

「原神コスプレ現象」は、若い世代にとって「コンテンツの国籍はあまり問われない」ということを教えてくれている。

 このような現象は小説にも言える。中国の劉慈欣氏によるSF小説「三体」は、オバマ元大統領も夢中になり、世界累計2900万部を売ったヒット作だが、神奈川県で塾講師をする谷美里さん(30代)は「私のように、この小説をきっかけにして中国のSF小説や中国人作家に関心を持ち始めた人は少なくないと思います」と話している。

 前出の内山さんも「中国コミックも、日本の購入者は最初から『中国』という国を意識して読んでいません。最初は作品に関心を持ち、後から『どこの国の作品か』に気付くわけです」と指摘する。


 世界の若い世代の間では、アニメ、コミック、ゲームなどのコンテンツを楽しむことがほぼ常識化している。彼らはごく自然な形で他国の文化を受け入れる素地を持っていて、エンタテインメントの領域における交流はますますボーダーレスになっている。作品が「どこの国のものか」などは“おかまいなし”なのだ。

「日中友好」という言葉自体が色あせていくのは止められないとはいえ、日本と中国の関係が終わったわけではない。若い世代は“昔のスローガン”の縛りがないところで、無意識に互いの文化を吸収し合い、深掘りし、自分なりの「中国観」を養っているといえるだろう。

【訂正】記事初出時より以下の通り訂正します。
・2ページ目の画像差し替え
・9段落目:例えば「魔道祖師(まどうそし)」がそれだ。中国の作家である墨香銅臭(ぼっかどうしゅう)がボーイズラブを描いたオンライン小説をコミック化したもので、日本では2021年からTOKYO MXなどでのテレビ放送もあった。
→例えば「赤笛雲琴記」がそれだ。中国の作家である墨香銅臭(ぼっかどうしゅう)がボーイズラブを描いたオンライン小説「魔道祖師(まどうそし)」をコミック化したもので、日本では2021年からTOKYO MXなどでアニメのテレビ放送もあった。
・10段落目:「魔道祖師」に出てくる→削除
(2022年10月14日17:54 ダイヤモンド編集部)