ローンオフェンダーに対し
「正義の正論」で糾弾する不可解

 事件で問題視された警備態勢については、警察庁が検証結果を公表し「安倍晋三元首相の後方の警戒に空白が生じ、警視庁のSP(警護官)と奈良県警の警護担当者も容疑者(※注・当時、現在は被告)の接近に気付かなかったことが本件を阻止できなかった主因」と結論付けた。

 対策として「警護が実施される場所、選挙遊説や講演など警護対象者の行動、不特定多数の人が集まるか――といった状況に応じ、警護員を配置する場所や人数、制服警察官の有無などの基準を策定する」としたが、4月15日には和歌山市で、衆院和歌山1区補欠選挙の岸田首相による応援演説直前、会場(漁港)に爆発物が投げ込まれる事件が発生した。

 岸田首相は無事だったが、警察官と聴衆の男性が軽傷を負い、木村隆二容疑者(鑑定留置中)が威力業務妨害容疑で現行犯逮捕された。6月1日、警察庁が検証を報告したが、それによると「和歌山県警が金属探知検査や受付の設置を要請したが、主催者側が地元関係者以外は来ないと強調し見送られた」「当日は漁協関係者らが部外者を識別することにしていたが、容疑者に気付かなかった」などが原因とされた。

 詳しくは『安倍元首相の銃撃事件で大失態、SPの「3秒ポカーン」が起きた背景とは』の記事を参考にしていただきたい。実は、筆者が全国紙社会部記者時代に付き合いがあった警察庁OBも言及しているが「要人警護でも、選挙期間中は最も難しい」。不特定多数が集まる街頭演説の場所は、テロの標的になりやすいのだという。

 警護側は有権者との接近を防ぎたいが、政治家は握手や言葉を交わしたい。岸田首相襲撃の検証報告にもあるが、慎重な警備を嫌がった主催者側が事件を誘発したという側面は否めない。

 全国の警察本部公安部門はこれまで、過激派「組織」の動向を探ってきたが、山上被告や木村容疑者のような単独犯「ローンオフェンダー」は捜査の対象外で、事前探知が困難だった。

 筆者は全国紙社会部記者時代を含め、多くの事件を取材してきた。安倍元首相の事件後、与野党の議員らは「民主主義への挑発・挑戦」などと表明してきたが、ローンオフェンダーには民主主義など念頭になく、ただ失うものがない「無敵の人」なのだという印象を受けた。

「ああ、ずれている」。安倍元首相と岸田首相に対する二つの事件で明らかになったのは、まともとは思えない行動に走った2人を「正義の正論」で糾弾してしまう永田町ではないのかと感じた。

 記者時代の後輩であるデスクらと話をしていて感じたことだが、この1年で明らかになったのは、永田町(立法)や霞が関(行政)と、一般国民の意識の乖離(かいり)ではないか――。その答えを今後、司法が出してくれると期待したい。