多様化する時代を生きる
Z世代にとっての試練

――かつて栄えた鉄鋼業などの衰退とともに荒廃した中西部。そのラストベルト(さびついた工業地帯)に住む白人労働者たちは、昔ながらの価値観や宗教観を守る一方で、産業構造の変化に取り残され、低所得層に陥り、抜け出せない。彼らの多くが保守派となり、MAGA(Make America Great Again:アメリカを再び偉大な国にする)を唱えるトランプの支持層になっていると言われます。こうした保守系の人々と、民主党を支持するリベラル派との断絶は深刻になっているように思われます。

 産業構造の転換の中で負け組になってしまった人々の思いをどう汲み取り、政治に反映していくか。彼らの生活をどう守るか。このことは、バイデン政権、さらには今後に続く政治の重要課題です。こうした「忘れられた(forgotten)」人々の存在を政治に浮かび上がらせたことは、トランプ政権の功績でしょう。バイデン政権もその後、これらの人々の存在を無視できなくなりました。

 他方、トランプ政権が真に「忘れられた」人々を包摂した政治を追求したとはいえません。マイノリティが平等を求めて声を上げ、行動し、アメリカの政治社会への進出をますます実現させる中で、白人男性の一部には、自分たちが中心を占めていた政治や社会が変わってしまうという危機感も生まれてきました。トランプ政権には、白人男性のうちに潜むマイノリティへの差別意識や排外意識を煽り、巧みに利用する面がありました。

 また、リベラルな価値観と敬虔な信仰との間にどう折り合いをつけるかも、今後のアメリカにとって重要課題です。

 先に、「結婚は男女間の関係」と信じるキリスト教徒のウェブデザイナーが、同性カップルの結婚式に関する依頼を断れないのは、憲法が定める「表現の自由」の侵害だと主張したことが最高裁に支持された事例を紹介しました。他州や他事業にも波及し、LGBTQ差別を助長する恐れがある判決です。

 他方、他者の心身に危害を加えない限り、厳格な信仰や保守的な価値観に則って生きる権利はあります。民主党のリベラルたちは、人種差別や性差別の是正には熱心に取り組んできましたが、それと同じ熱意で、信仰の自由の問題に取り組んできたとはいえません。

 世界に目を広げても、アメリカのリベラルたちは、欧米的なジェンダー観を絶対視し、イスラム世界や異なる宗教世界に生きる人々のジェンダー観を「遅れている」と決めつけ、軋轢を生んできた経緯すらある。アメリカとアフガニスタンとの関わりは、その際たる例でしょう。

 この問題は、アメリカのみならず、世界がますます多様化する時代を生きるZ世代にとって大きな試練です。彼らの世代のアメリカに、今までの欧米中心主義的なリベラリズムを乗り越えた、共存の思想が生まれていくことを期待したいです。

――保守vsリベラルの二分法では説明できない層が、Z世代にも多くなっているのでしょうか。

 リベラリズムとは、よりよい社会に向けた改革志向のことで、特定の政策パッケージを意味するわけではありません。Z世代は、銃規制や人種平等など、上の世代のリベラルたちから継承された改革を受け継ぎ、さらに発展させている一方で、これまでのリベラルたちが踏み込んでこなかった問題についても積極的に提起しています。

 その一例が、先にも触れた「レガシー入学」への批判です。これは、有力大学でその卒業生や富裕層の寄付者の子供を入学審査で優遇するもので、どのような経済状況の家に生まれたかで、その後の学ぶ機会の差、学歴の差、就ける仕事に大きな差が出てしまう。これはまさに、リベラルたちが問題とすべき不平等に他なりませんが、きちんと問題にされてこなかったのです。

 Z世代は、良い大学に進学することが人生の成功の秘訣であるという学歴社会の論理に自身も巻き込まれ、そうした論理で回っている社会で生きることを強いられながらも、新たな生き方を模索しています。世論調査では、Z世代の3割強が大学は信頼できないと回答しています。トップスクールを卒業した人を人生の成功者とみなすような価値観は、いまだに根強いですが、そうした価値観を相対化する視点もこの世代には育ってきています。

 アメリカの歴史上、最も多様な世代であるZ世代が、今までのリベラルが乗り越えられなかった問題を乗り越えて、さらに平等な社会を目指す、新しいリベラリズムを発展させていけるか。注目しています。

三牧聖子(同志社大学 大学院グローバル・スタディーズ研究科 准教授)

1981年生まれ。国際政治学者、同志社大学大学院准教授。東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程修了。米ハーバード大学日米関係プログラム・アカデミックアソシエイト、高崎経済大学准教授などを経て現職。専門はアメリカ政治外交史、平和研究。著書に『戦争違法化運動の時代』(名古屋大学出版会)、共著に『私たちが声を上げるとき――アメリカを変えた10の問い』(集英社新書)、共訳書に『リベラリズム 失われた歴史と現在』(青土社)などがある。

後編「『Z世代のアメリカ』はどこへ向かうか?日本はどうすべきか?」は、明日9月30日公開です。