読売が文春に対して起こした
珍しい差し止めの主張

 文春が取材に動いていることを事前に察知した読売は、発売前の週刊文春に対して、原氏に関する記事の広告を差し止める仮処分申立を起こしてきたのです。このような場合は、雑誌そのものの発禁を命令するのが普通です。しかし、読売新聞はやはり言論機関。「メディアとして言論で戦うのではなく、法律を背景に発禁を主張するのは問題があるのではないか」という判断が社内にあったのでしょう。その結果、雑誌の中吊り・新聞広告にのみ原氏の記事に関する内容を掲載しないという、珍しい差し止め訴訟となりました。

「差し止めの仮処分」とは、裁判ではなく短い期間(通常、1日か2日)で決定されます。当時私は編集局長という立場で、裁判所とやりとりしましたが、裁判長は初日の段階で、読売側から相当詳しい知識を与えられていたようでした。ほとんど読売側の主張と同じ質問を我々に繰り返し、「これは差し止めが通ってしまう可能性が高い」などと絶望的な気分になるほど厳しい追及を受けました。

 帰社した後は善後策を協議しました。もちろん、簡単に屈するわけにはいきません。どう見ても野球協約第180条違反であることは明らかなのに、巨人軍の主張は「(現役ではない)元暴力団は反社会的勢力ではないから、協約違反に当たらない」というものでした。しかし普通の人なら、暴力団でもない人間に、女性問題をなんとかしてくれるいい人だと思って1億円ものお金を渡したなどという言い分を、信じられるでしょうか。

 読売巨人軍としては、もし初めて恐喝された06年時に原氏から相談されていれば、当然、その時点で警察を動かして逮捕させたと思います。しかしその時期、原氏は独断で1億円を支払ってしまいました。そして09年、同じ人物を含むメンバーが再度恐喝してきたため、さすがに球団に相談したのです。球団は警察に相談し、警察の捜査も行われ、一部の関係者は逮捕されました。

 ただ、恐喝の主役となった人物はこのときは逮捕されていません。原氏は警視庁の暴力団撲滅キャンペーンのポスターにまで起用された人です。それが女性問題で脅迫されて1億円もの金銭を支払ったのであれば、社会的責任は重大だと言わざるを得ません。「元暴力団だから反社会的勢力ではない」という読売の理屈を認めるわけにはいきませんでした。

 しかし、事態は攻守双方の手段をとらざるを得ない段階にまできていました。

 裁判所は雑誌の中吊り広告ができる時間、それが広告代理店に納められる時間まで知っています。そのため、原氏の記事の内容を紹介するスペースの文言だけを一面塗りつぶした広告を用意しました。絶対忘れまいと、私はこの中吊りの見本だけは今も手元に残しています。