毎年恒例、
社員にも好評な社員旅行

 甲社は市街地の外れに事務所兼工場があるため、社員たちは自家用車、バイク、自転車で通勤している。昼食は各自交代で取り、仕事が終わるとすぐに帰ってしまうので普段社員同士は交流する機会がない。その代わり社内行事として毎年12月下旬の週末、1泊2日の温泉旅行に出かけた。宿では忘年会を開き、豪華な食事とお酒飲み放題、加えて、恒例の隠し芸&豪華景品が当たるビンゴ大会もあり大いに盛り上がった。特に今年は新型コロナの影響で中止後4年ぶりの再開とあって、社員たちは皆楽しみにしていた。旅行費用は社員の給与から月3000円を天引きで積み立て、残額は会社が補助した。

 次の日、忘年会の進行担当係であるD課長は、最終確認に余念がなかった。

「ビンゴ大会の景品は手配済み。かくし芸は甲社長の尺八演奏、E専務のマジックは毎年の恒例だから今年もお願いするとして、若手男性社員たちによる仮装大会の出演交渉もクリア。あとは新入社員2人の演目が決まれば全てOKだ」

 そして向かい側の席でパソコンを操作していたA子に

「A子君、この間話した忘年会の出し物だけど、何か考えた?」

 と尋ねた。A子は申し訳なさそうに

「課長、実は社員旅行に参加できなくなりました」

 と答えた。

「えっ、急にどうしたの?」

 D課長に不参加の理由を聞かれたA子は一瞬迷ったが、正直に話した。

「私、とあるアイドルのファンで、社員旅行の日にクリスマスコンサートがあるんです」
「よりによって社員旅行の日にコンサート行かなくてもいいじゃない。またの機会にしたら?」
「それがめったにチケットが取れないもので、今回は偶然友人が手に入れたんです。このチャンスを逃すと多分もう無理だと思います」

 そして「コンサートのチケット代と会場までの交通費に充てたいので、給料から引かれていた旅行積立金を返してもらえませんか?」と頼んだ。D課長は困った顔をした。

「今まで旅行をキャンセルした社員はいないから、積立金を返せるかどうかは自分には分からないよ。E専務に聞いてみて」

なぜ社員旅行に参加しないのに、
積立金を返してもらえないんですか?

 A子はE専務に、社員旅行に参加できなくなったので、5~11月分の給料から天引きで積み立てしていた社員旅行費の合計2万1000円を返してほしいと言い、不参加の理由も話した。

 E専務は、

「社員旅行は仕事と違うから絶対参加しろとは言わないよ。でも積立金は返せません」

 と断った。

「どうしてですか?」
「貸し切りバス代はすでに支払い済みだし、旅館へのキャンセル料も必要だからね」
「でも、旅行に参加しないのに全額返さないのはおかしいですよ。それに来年も社員旅行に参加しないかもしれないので、給料から旅行費を天引きするのをやめたいんですけど」

 A子に反論されたE専務は、前例がないことで返事に困ってしまった。

 A子がいなくなると、E専務はF社労士に、

「ちょっと教えてもらいたいことがあります。今から時間取れますか?」

 と電話で尋ね、1時間後にZoomで面談を開始した。