家族全員が発達障害と診断された日の夜、タナカさんの妻は夫に、子どもたちの将来や教育方針について、こう持ちかけた。

「2人とも会社員や公務員は無理だと思う。周囲の目を気にして、気を配って……、そんなことできるはずがない。医者や弁護士といった仕事もそう。結局は人と接する仕事。難しい。だったらもう芸術家になってもらおう、自分たちで芸術家を育てよう――」

 もちろん芸術家、ピアニストや画家といった職業も人と接することはある。演奏会や個展の開催時における折衝事、ギャラの交渉もあるはずだ。

 とはいえ、組織で働く会社員や公務員とは異なり、基本、「ひとりでの仕事」である。最低限、必要な対人スキルは身につけなければならない。でも、対人関係が苦手でも、そのあたりを手当すれば、やっていけるかもしれない。

「妻からこの話を聞いたとき、まさにそうだと。このまま子どもたちを公立小学校から中学、高校、大学……と進ませても、はたして私や妻が出た経済学部に入っても、どこかの会社に勤められたとしても、まず持たないし、そもそもこれからの時代、大学名だけで就職が決まるなんてこともないなと。ならば芸術系への進路もアリかなと」

普通の仕事はチームワークが必要
本人にとっては想像以上に「苦痛」

 こう語るタナカさんだが、妻には芸術家以外の進路、例えば医師や薬剤師、弁護士、あるいは理容師に美容師といった、いわゆる師士業職への進路もあるのではと、対案を出した。芸術家では生活面での保証がないように思われたからだ。

 しかし、妻に言わせると、夫が言う師士業職は時としてチームで活動することもある。特性を抱えている人には、それが苦痛でならない。

 それに医師に薬剤師、弁護士になろうとするならば、進学校から難関と言われる大学に進まないと、なかなかその進路への射程距離が見えてこない。

 平たく言えば、高校から進学校へ、そして大学へという進路に行き着くまでの道のりが、タナカさんファミリーの2人の子には、とても困難なことのように思われたのだ。

 理容師、美容師もまた同じである。中学校や高校を卒業後、理美容学校を出たところで、いきなり開業というわけにもいかないだろう。最初は新人として修行を積み、それから……という過程において、最初の修行の段階でまず持たないことが予測される。仮に理美容師になれたとしても、客との対話などとてもできるとは思えない。

 そうすると、やはり画家か音楽家しか進路はないとの結論へと行き着く。