でも、漠然とでも「自分は死ぬことが怖いと思っているんだ」と誰かに話すことができたら、ふじみつさんの不安は少しずつ輪郭を持つようになり、なぜ怖いのか。この怖さにどう対処すれば良いのか。今をどのようにして生きていけたら良いのか。考えが深まっていく気がします。

「命を大事にしないといけない」が
辛く感じるときもあっていい

「別れの季節である春になると、自分の感情がうまくコントロールできません。新しい環境が怖くてたまりません。自分に自信なんてとてもじゃないけど持てそうにありません。

 人にはみんな良いところがあるという言葉は、私以外の人のためにあると思っています。自分に期待をしないこと、自分を『作る』ことで乗り越えてきましたが、なんだかもう、何のために生きているのかわからなくなってしまいました。

 生きていて良かったと思える日は来るのでしょうか? その来るかもわからない日のために、私はもう頑張れないです」(ティティ・15歳・女性)

 ティティさんは別れの季節である春になるたび、感情がうまくコントロールできなくなってしまうのですね。

 これまでも怖さを乗り越えるために、少しでも生きやすくするためにといろんな考え方を実践されてきて、よく頑張りましたね。でもやっぱり怖さは完全にはなくならなくて疲れちゃったって感じなのでしょうか。

 自分が望んで生まれてきたわけじゃないのに、何十年も生き抜くのってハード過ぎる、とこれから先を想像しただけでしんどくなってしまいそうです。

 生きていることは素晴らしい、親からもらった命を大事にしないといけない、みたいな風潮がありますね。命を粗末にしようとは思わないけれど、その圧力というか押しつけが辛い時ってあるよな、と思います。

 ギリギリ生きている時に「死んじゃだめだよ!」って言われると、かえって生きる気力が失せてしまう私は捻ひねくれているのかしら。「生きるのだるいな」って口にするのすら良くないという空気のせいで、しんどさに拍車がかかっている人はきっと少なくない。

 生きていることの意味ってなんでしょうね。いつか来るその日がとんでもなく幸せだよって絶対的に保証してくれないと、日々の頑張りと釣り合わないし。そうなってガッカリなんてしたくないですよね。