――「ダイヤモンド・オンライン」や「週刊ダイヤモンド」の読者が悩んだり気にかけたりしている分野では、おカネや相続が多い傾向があります。

高田 日本の中高年は、実はおカネを結構持っているんだよ。それをさらに増やそうと思っているから、詐欺の被害に遭ったりする。

 さっきも話したけど、やっぱり何事も健康じゃないとダメ。どんないい仕事をして富と名声を得ても、健康じゃないと。VIPの方ほど、健康を切に望んでいたりしますよね。

――お二人は、おカネに対する考えやポリシーはありますか。

弘兼 実は全く興味なくて、自分の原稿料や年収も知らないんです。楽しく生きるがモットー。投資も考えないし、もうけ話を聞くこともあるけど全部、却下しています。

高田 僕はもう年収10億円って決まっているからさ。その内訳とか詳細はよく分からないんだけどね。

――『島耕作』シリーズが今、漫画アプリで読めるとあって若い人にも多く読まれているのをご存じですか? アプリのコメント欄を見ると、若者と中高年の感想が入り混じっています。

高田 だって島耕作は、「男の理想」だからね。

弘兼 それは嬉しい現象ですね。初めて読むような若い読者には、「自分のお父さん世代ってこんなサラリーマン生活を送っていたんだな」と分かってもらえると思います。日本経済の流れや企業、産業の動きを割と正確に反映して描いているので、「情報マンガ」の役割もありますから、いろんな世代の人に参考にしてほしいですね。

弘兼憲史
1947年山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、1970年に松下電器産業株式会社(現パナソニック株式会社)に入社。漫画家として独立するため1973年退社、1974年『風薫る』で漫画家デビュー。1985年『人間交差点』で第30回小学館漫画賞、1991年『課長島耕作』で第15回講談社漫画賞、2000年『黄昏流星群』で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2003年日本漫画家協会賞大賞受賞。2007年紫綬褒章受章。サラリーマン経験と磨き抜かれた人間観察力をもとに、さまざまな人間模様を描き、次々とヒット作を生み出している。中高年の生き方に関する著作も多く、団塊の世代を中心に熱い支持を受けている。
高田純次
1947年東京都生まれ。都立府中高校を経て、1968年に東京デザイナー学院卒業。1972年、自由劇場の「マクベス」を観て感動、同劇団の研究生に。翌年、イッセー尾形らと劇団結成も、1年足らずで解散。宝石の卸会社に就職、3年半のサラリーマン生活を送る。1977年、30歳の時に柄本明、ベンガル、綾田俊樹が結成した劇団「東京乾電池」に入団。アルバイトをしながら、演劇活動を続ける。1980年、「笑ってる場合ですよ! 」、1982年に「笑っていいとも! 」に出演、世に知られる。1985年に「天才・たけしの元気が出るテレビ! ! 」でさらに知名度がアップ。1987年、グロンサンのCM「5時から男」でブレイク、一躍有名タレントとなる。以後、バラエティー番組や、ドラマなどに出演して、「平成の無責任男、適当男」といわれ、芸能界で独自のポジションを築く。2015年には「じゅん散歩」開始。現在もCM、ドラマなどで活躍。