「単純な人」か「賢明な人」か、それが問題だ

大竹 似たような話で、ニューヨークのタクシードライバーの勤務時間と売上の関係を調べた有名な研究があります。

 タクシードライバーの働き方でよく見られるのが、一日の目標売上額を決めて、その売上額に達したら、その日は仕事を切り上げるというパターンです。

 この方法は、天引き貯金と似ています。毎日確実に所得を確保できます。その意味では確かに「合理的」のように見えます。でも、見方を変えると、必ずしも「合理的」とは言えません。

 雨が降った日や、近くで大きなイベントがある日は、大勢の人がタクシーを使います。すると、すぐにお客さんが捕まるので、短時間で目標売上額に達します。けれども、その日はお客さんが多いわけですから、もっと長く働けばもっと稼げるチャンスがあります。目標額に縛られていると、そのチャンスをみすみす逃すことになります。反対に、お客さんが少ないときほど、長く働かなければ売上は目標額に達しません。

 というように、目標を定めるという一見「合理的な」方法が、稼げるチャンスがあるときに少ししか働かず、稼ぐチャンスが低いときに長時間働くという「不合理な」結果を招いているわけです。もし、稼げる日には長時間働き、あまり稼げない日には短時間で切り上げるという戦略をとった運転手と比較してみましょう。「1日の売上目標型」の運転手と「稼げるときに長時間働く」運転手が、1週間の同じ時間働いたとすれば、「稼げるときに長時間働く」運転手の方が高い所得が得られるはずです。

 とはいえ、じゃあ目標に縛られずにタイミングを見てどのくらい働くかを決めればいいかといえば、その方法にも欠点はあります。貯蓄と同じように、意志の弱い人は、「今日はお客さんが少ないから仕事を早く切り上げよう」と、サボる言い訳をしやすくなり、まったく稼げないという最悪の結果を招くことになりかねません。

――なるほど……。「合理」と「不合理」の差は、紙一重ということなんですね。

大竹 面白いのは、経験の浅いドライバーほど、目標額を設定していることが多く、ベテランになると必ずしもそれに縛られなくなるということです。自制心のある人が生き残ってそうなるのか、経験を積むことで自制心を培っていくのか、その辺はよく分かっていませんが、確実に言えるのは、こういうことを知っているのと知らずにいるのとでは、行動に大きな違いが出るということです。

 無駄遣いをしている覚えもないのに、いつもお金に振り回されていると感じている人は、知らず知らず「不合理な」選択をしている可能性があります。まず知って、それから対策を考えること、つまり「単純な人」から「賢明な人」になることが大切です。いちばんまずいのは、自分が「単純な人」であることに気がついていないケースですね。

 その点、前回紹介した「おかね道」の企画展は、自分の行動パターンを把握できるようにうまく設計してあります。自分が「単純な人」なのか、「賢明な人」なのか、知るところから始めてみるのもよいでしょう。

※次回は、「格差」や「フリーライダー」といった私たちの社会が抱える問題とどう向き合っていけばいいのかに迫ります。第3回、大竹先生【後編】は、5月8日に掲載予定です。


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