各企業は、他社を追い越し、追い抜くために、マーケティングリサーチに勤しんでいる。にもかかわらず、店頭には似たような商品ばかりが並び、消費者は違いがあることすら気づいていないこともあるだろう。
いま、脳科学とマーケティングが融合した「ニューロマーケティング」が注目を浴びている。アンケートやグループ・インタビューからは読み取れない、言葉にできない消費者の“ホンネ”とは。「なんとなく」の正体に脳科学で迫る。

門外不出のコーラのレシピはいくら?

 コカ・コーラは、アメリカの文化に深く根ざす「ソウルドリンク」だ。

 そして、ジョージア州の古物商がたまたま古道具の小箱の底に見つけたというコカ・コーラのレシピが、5億円でeBayのオークションにかけられたというエピソードに象徴されるように、「世界を魅了する富の源泉は、その秘密のレシピにあるに違いない」と、今も多くの人が信じている。

 しかし果たして、味がすべてを制するというのは本当なのか。

 2004年の『Neuron』に掲載された、ベイラー大学神経科学部のマクルーア博士とモンタギュー博士が発表した論文は、この疑問に脳科学で答えようとした、狭いニューロマーケティングの世界ではあまりに有名な実験である。

 博士らは、fMRI(機能的磁気共鳴法)という技術を用いて、ブランドを隠した状態とブランドを提示した状態で、コカ・コーラとペプシを選好する際の脳の反応を解析した。fMRIの技術とは、一言で言えば、脳の血流変化がどこで起きたかを、強力な磁場を用いて特定するテクノロジーだ。 医療を描いたドラマなどで、検査着姿の患者が横たわり、「かまくら」のような大きな機械に頭を突っ込んでいるシーンを見たことがあるだろうか。あれがfMRIである。

 脳神経細胞が活発に活動すれば、細胞が酸素を欲しがる。すると、その部位の血流が増え、BOLD(Blood Oxygen-Level Dependent)反応に表れる。これを計算して、脳のどこの部位が活発になっているかを特定するのだ。

 一見簡単そうだが、実際の実験はレンジにいれてポン、といった生易しいものではない。とてつもなく強力な磁場を発生するfMRI室では、歯の詰め物程度の金属片ですら、取り返しのつかない大事故につながってしまう。脳計測中の室内で、缶からコーラを“グビリ”、といったことはもってのほかである。

 そこでまず、かまくら状のfMRIに頭を突っ込み、横たわっている被験者の口にマウスピースを取り付ける。そして、そこにシリコンチューブをつなぎ、コーラの液を、たらり、たらり、とマウスピースへ送り込むという手のこんだ細工を施さなければならない。

 実験では、“たらり”と液を送り込む直前に「合図」を提示する。合図は、コカ・コーラブランド、ペプシブランド、そして、単なるランプの点灯の3種類。いずれかの合図が提示されると、6秒後にコーラ液が被験者のマウスピースに送り込まれるというわけだ。

 fMRIでは、その刺激を提示した後、コーラを咽下する際の脳の活動部位を計測し、合図の違いによってコーラを味わう脳の反応部位がどう違うかを見比べる。これが、マクルーア博士とモンタビュー博士が行った実験のおおまかな中身である。