2900億円で脳の中に資産を創る

 実験の結果、まず第一に、コカ・コーラでも、ペプシでも、同様に反応する部位が認められた。vmPFC(ventromedial prefrontal cortex:腹内側前頭皮質)という部位がそれである。単純に味覚という五感刺激に反応し、好みの強さに応じて強く反応する部位だ。

 これに対して、コカ・コーラを提示したときだけ反応し、ペプシでは反応が見られない部位も発見された。これがDLPFC(Dorsolateral Prefrontal Cortex:背外側前頭前皮質)という部位である。この部位は、脳深部の「海馬」と呼ばれる、記憶を司る部位と連携し、物事の判断を司るという。つまり、「これは、経験上、自分の好きなものだ」というように、記憶と照合して好嫌を判別する。

 ここから、口に入っている物理刺激が「うまい」かどうかを判断する仕組みに対し、その判断を揺さぶり得る「ブランド」の仕組みが、脳の中で別に発生・進行する場合があることが発見されたのである。

 この実験は、「人々は広告やイメージに騙されることなく、最後は味で選んでいる」という神話を、ある意味では裏切る結果として、世界のマーケティング研究者をどよめかせた。単に「味がよい」という点で差を設けづらい商材であっても、DLPFCの反応如何で敵に大きく水をあけ得ることが、脳の中の出来事として観察されてしまったのだ。

 コカ・コーラ社の莫大な広告費(2010年は約29億ドル)が単なる企業イメージづくりの“お化粧”ではなく、実は脳の中に、他社には抗いようのない選好優位の差別性を物理的に生成していることが説明されたのである。

ニューロマーケティングを礼賛すべき?冷笑すべき?

 ニューロマーケティングは、ビジネスでは後回しになりがちだった、イメージや感覚、気分といった曖昧な感性領域を可視化し、理屈ではないホンネの部分に迫れる技術として期待されている。

 曖昧であるからこそ故に、ついコスト削減の標的になりかねなかったデザインやイメージなどの感覚的特性が、けして幻ではなく、ビジネスの根幹を形作ることが証明されれば、それは商品開発からコミュニケーションまで、イノベーションの可能性が開かれていく可能性がある。

 しかし、その一方で、私たちはまだ、自分たち自身の脳というものとの向き合い方に、おっかなびっくりである。脳科学とマーケティングを重ねるときの、なんとも言えない不安感や不信感は、そこから来ているのだろう。

 脳に訴えるマーケティングとは、洗脳ではないのか?脳に効くというが、本当に脳にイイと信じていいのだろうか?脳科学の調査などを行って、投資に見合う結果が得られるのか?

 どうやら、こうした疑問にいつまでもフタをしたまま、脳科学を妄信的に礼賛したり、一刀両断に切り捨てたりしている場合ではなくなってきているようである。

次回更新は8月2日(金)を予定。


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