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ニッポン 食の遺餐探訪

鍋界の“ロールス・ロイス”
「銅鍋」が日常から影をひそめた理由

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第10回】 2013年9月4日
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 「芸術品をつくる人はともかく、道具をつくる人は減っていくと思うよ」

 浅草にある銅銀銅器店の三代目、星野保さんがいかにも江戸っ子という、べらんめえ口調で言う。店内には卵焼き、天ぷら鍋、しゃぶしゃぶ鍋、行平鍋といった調理用品から、薬缶、急須、それからタンブラーといった生活道具まで様々な銅製品が並ぶ。

 浅草、銅銀の創業は大正12年(他の媒体では7年と書かれていたり、13年ともあるがおそらく12年だろう、とのこと)、初代、銀治郎が開いた。銅壺屋の銀さんが開いたから銅銀という屋号がつけられた。

 かつて銅製品屋は銅壺屋と呼ばれていた。銅壺というのは長火鉢のなかに置いて、お湯を沸かしたり、燗酒をつくる道具である。この界隈でも何軒か銅壺屋があったそうだが、今では銅銀、ただ一軒が残るのみとなった。

金属は決して均一ではない
叩くことで癖のない硬い銅に

銅の行平鍋。銅イオンが作用して野菜は色よく茹で上がる。実は銅鍋が優れている理由は調理科学的にまだ未解明の部分も多い分野なのだ。でも使ってみると、やはり味が違います

 今でも銅銀では、銅の板を手で叩いて、銅製品を製作している。内側の錫引きから表面の研磨まで、ここですべてを手がける。

 制作中のおでん鍋を見せてもらった。丸く切った銅板を金槌で叩いていく。当然、1ヵ所を叩けば別のところがひずむ。それを平らにのばして、また叩いていく。「叩くことで金属の癖をとっていく」のだ。さらに、叩くことで銅は硬くなる。

「こういう大きなものを叩いて、平らに伸ばすっていうのは難しいね。金属をいじっていて一番大事なことはひずみをいかにとるか、どこに逃がすかってこと。これが一番、大事なんだ」

 思ったよりもずっと銅は柔らかい。出来上がった製品は硬い鍋なのに、材料は柔らかいというのが、驚きだ。

 また、叩く加減が毎回異なる、ということも教えていただいた。

 「いかに安く、早く作るか。なんでもかんでも手作りがいいもんじゃない。機械を入れられるのなら、入れないと嘘だ。といっても何でもかんでも機械がいいって訳じゃねえんだ。手じゃないとできないことはやっぱりある。手でやると、叩いた感じで具合がわかるのもいい」

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

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