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ニッポン 食の遺餐探訪

おいしいお茶は“磨けば光る石”の集合体
茶葉の敏腕プロデューサー「茶師」の仕事

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第15回】 2014年2月5日
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 お茶はチャノキの葉を加工し、煎じた飲み物だ。よく知られているように紅茶も緑茶も中国茶も、原料は同じツバキ科の常緑樹の葉である。収穫してからその後の加工によって種類を変え、なかでも煎茶は日本茶と呼ばれることが多い。

 『お茶の歴史』(河出書房新社)という本によると、煎茶は十六世後半に日本にもたらされた。抹茶を中心とした茶の湯よりも、煎茶文化はもっと日本人に身近な存在だったようだ。

 ただ、煎茶が現在のような姿になったのは、最近のことだ。伝統的な日本茶は今の番茶のような見た目で、防風のため田んぼの畦などに植えられていた茶の木から農家が自家用に採取し、普段飲みにしていた。昔の煎茶は今よりもずっと茶色かったのである。

 19世紀半ば、宇治の老舗が鮮やかな緑色を保つ乾燥法を開発する。それによって煎茶は現在の形になる。明治期には政府が輸出産物として栽培を奨励し、この頃、日本の煎茶は世界中で飲まれていたようだ。

 日本人の色に対する情熱は続き、昭和30年代(40年代とする説もある)にはより鮮やかな色を出す『深蒸し』という技法も確立される。今では様々な種類の煎茶を飲むことができるようになった。

 お茶が好きで1日中飲んでいるが、煎茶について深くは知らない。種類が多く、価格も様々。説明してください、と言われたら困ってしまう。それで今回は日本でも指折りの茶師、前田文男さんに話を伺い、日本茶について教えていただいた。

お茶は茶師の手によって
初めて命が吹き込まれる

いただいた緑の雫というお茶。これは100gあたり1000円という単価だが、前田さんご本人は普段、100g600円のものを愛飲しているとのこと

 「お茶は難しいですね」

 静岡県静岡市にある茶問屋〈やまはち〉の事務室でお話を伺っている途中、前田さんは何度も「難しい」という言葉を繰り返した。前田さんは日本屈指の茶作りの匠と評される人物だ。日本に数人しかいない利き茶の最高段位も取得している。そんな人が「難しい」と言うのだ。

 「自分は3年間、電機メーカーにいたので、お茶のことが全然、わからなかったから、最初にお茶の審査技術大会に出たのは勉強のためでした。参加しているなかで段位がついてきた、という感じで……お茶が難しいのは、段位を持っているからといって、それが仕事に繋がるとは限らない、というところです」

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

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