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南京大虐殺記念館の傍らで日本のアニメソングを叫ぶ
反日の街に生きる「日本大好き」な中国人たちの実像

中島 恵 [フリージャーナリスト]
2014年5月7日
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大虐殺の記憶は今も息づいているか?
24年ぶりに南京を訪れて見たもの

 「南京」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろう。やはり「南京大虐殺」(南京事件)だろうか――。

 3月末、欧州歴訪中の習近平国家主席がドイツで講演した際、南京大虐殺について言及し、異例の日本批判を展開したことで、この事件が再び大きくクローズアップされた。4月下旬にはデンマークのマルグレーテ2世女王が、外国の国家元首として初めて南京大虐殺記念館を訪れた。

 南京は孫文が主導した辛亥革命(1911年)の後、中華民国の首都となった歴史的な場所。今年2月には、中国と台湾の初の閣僚級公式会談が行われた。中国にとって過去も現在も、おそらく台湾問題を抱える未来まで、非常に重要な意味を持つ江蘇省の都市である。日本人にとっても、特別な都市であることに変わりない。

南京大虐殺記念館にて、入場ゲートの手前にあるモニュメントの写真を撮る中国人たち

 3月初旬、私は24年ぶりに南京を再訪した。前回訪れたのは、大学卒業直前の1990年3月だった。友人と2人で約1ヵ月かけて中国各地をバックパックで旅行して歩いたが、その1つが南京だった。当時、私たちは中国語学科の学生だったが、歴史に特に詳しいわけでもなく、強い問題意識を持っていたわけでもなかった。

 軽い気持ちで南京に立ち寄ったに過ぎないが、その際訪れたのが当時まだ新しかった「南京大虐殺記念館」(中国での正式名称は侵華日軍南京大屠殺遭難同胞紀念館)だった。あの頃は小規模な記念館だったが、展示の最後に大量の人骨が無造作に置かれており、それを見て震え上がった。日本の国会議員団や修学旅行生の折り鶴がたくさん置かれていたことが、強く印象に残っている。

 その後、私は新聞記者を経てフリ―ランスとなり、数え切れないほど中国取材に出かけたが、フィールドは主に日中ビジネスと中国の社会事情で、南京を訪れる機会も一度もなかった。しかし、記者となって四半世紀が経ち、日中関係がこれほど冷え込んでしまった今、「もう一度かの地を自分の目で見ておきたい」という気持ちがだんだんと強くなっていった。

 訪れたのは、中国の全人代(国会)である法案が通った直後の3月上旬だった。ある法案とは、9月3日を「抗日戦争勝利記念日」とすること、12月13日を「南京大虐殺犠牲者国家追悼日」とすることだ。

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中島 恵[フリージャーナリスト]

なかじま・けい/山梨県生まれ。中国、香港、台湾、韓国など東アジアのビジネス事情、社会事情などを新聞・雑誌などに執筆。著書に『中国人の誤解 日本人の誤解』『中国人エリートは日本人をこう見る』(共に日本経済新聞出版社)などがある。


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