設計課長の考える
当社が赤字の理由

 大学の機械科出身の安川はまだ35歳。若い課長だった。
 色の白い、きゃしゃな身体の安川課長は眼鏡の奥でひんぱんにまばたきしながら、沢井の出した紅茶を飲んだ。

 紅茶が好きでと言うので少し水を向けると、安川は紅茶についてかなり学のあるところを示した。冗舌と思われるほどよく話をする。
 身体と同じように神経も細かい人間と感じた沢井は、森山、阿部両課長の名前をあえて出しても具体的に問題提起する理由をくどいほど話したうえで、本論に入った。

 安川課長の青白い顔が赤くなった。
 彼は早口で反論した。その要旨は次のとおりである。

 (1)たしかに3年前の人事措置で名人クラスが二人退職した。しかし、彼らはその技術を他人に伝えようとしなかった。
 59歳と57歳だったから、ああいう措置がなくても、60歳定年の当社では、彼らの技術が引き継がれないまま退職する事態は、遠からず起こることだった。

 (2)設計課の私以下の若手の連中はこのことを予期して、設計技術の向上と客観化、つまり新人にも容易に伝えられるようにIE(インダストリアル・エンジニアリング)の視点と手法を勉強し、努力してきた。
 もちろん全員が退職した二人と同じ名人のレベルになったとは言わないが、われわれの設計技術は、少なくとも同業他社の水準よりもかなり高い線にあると自負している。

 (3)当社の製品が品質的にあまり良いレベルにないことは、不良率、補修率などの数字が統計的に証明している。
 作っている製造部の技術が同業他社の平均水準以上にあるのにそういう結果になる原因は、営業部門にある。

 (4)当社の営業力は弱い。一般に鋳造業界は昔から目方売りで、形状が簡単で目方の張るもののほうが利益が大きい。
 ところが当社の営業はこういう注文をあまり取れなくて、形状が複雑で目方の軽いものや、むずかしい配合の合金材料の鋳物を押しつけられてくる。

「こんな受注をされては工場がいくら頑張っても黒字にはなりません。
 赤字の根源は当社の営業部門の弱さにあると確信します」

「うーん、ハッキリ言うなあ」

「間違いありません。それが最大の原因です」
「……」

 窓の外はかなり暗くなっている。いつの間にか、腕や首筋が何か所か蚊に食われていた。

 安川課長を帰し、都心にある東京営業所に電話した。所長の和田貴也をつかまえると、翌朝面談する約束をした。(つづく)


<書籍のご案内>

【プロローグから第1章までを公開!(8)】<br />赤字の原因はどこにある?<br />――名指しされた鋳造課の言い分

『黒字化せよ! 出向社長最後の勝負』

実話をもとにした迫真のストーリー!
人が燃え組織が燃える! マネジメントの記録

■ストーリー■
大企業で役員目前だった沢井は、ある日突然、出向を言い渡される。出向先は万年赤字の問題子会社。辞令にショックを受けつつも、1年以内に黒字化することを決意した沢井だが、状況は想像以上に悪かった。やる気のない社員、乱雑で老朽化の進む職場…。しかし、新しく人を雇ったり設備投資をするような予算はない。今ある人材、今ある設備で黒字化できるのか。(本書は、『黒字浮上! 最終指令』〈小社刊・1991年〉を改題・改訂したものです)

【目次】
♦プロローグ  出向内示 ──黒字化せよ、さもなくば清算だ
♦第1章 赴任【7月】 ──あきらめきった無気力な社員たち
♦第2章 「オレがやる、協力する、明るくする」【8月】 ──改革が始まる
♦第3章 本音のコミュニケーションとストローク【9月】 ──社員の士気を高める方法
♦第4章 会社は社員とその家族の幸せのためにある【10月】 ──沢井社長の経営哲学
♦第5章 がむしゃらに頑張って何トンできる?【11月】 ──瞬間最大風速をつかめ!
♦第6章 赤字の正体【12月】 ──絶望の先に答えがある
♦第7章 新しい年、新しい社章【1月】 ──三か年計画の発表
♦第8章 ベテラン社員、ついに動く【2月】 ──組織が生まれ変わるとき
♦第9章 月産200トン体制に向けて【3月】 ──人が燃え、組織が動く
♦第10章 黒字浮上【4月】 ──人はみな能力を秘めている
♦エピローグ 黒字達成までをふり返る ──同時並行多面作戦の展開

ご購入はこちらから![Amazon.co.jp] [紀伊國屋BookWeb] [楽天ブックス]