「話のわからない人だね。今生産性の話をしているんじゃない。だいたい、そんなことはうちでもできる」

 駒場氏は語気強く遮った。

 「まあ、今日はこれくらいで終わりにしましょう。うちもいろいろ他社さんの製品も含めてじっくり検討したいですから」

 駒場氏は、冷静さは取り戻しながらも、嫌味な口調で面談を終わりにしてしまった。

 浅野君が帰社してから上司に今回の面談について報告すると、彼はため息をつきながらこう言った。

 「そうか、駒場さんへそ曲げちゃったな。あの人、やたらとプライド高いんだよ。過去の自分の判断を否定されたようで頭に来たんだろう。浅野君が悪いわけじゃないけど、面倒なことになったものだ」

【解説】今回の問題点
相手の自尊心を傷つける結果に・・・

 今回のケースでは、交渉の担当者が、面子をつぶされたと感じて態度を硬化させ、交渉がスムースにいかなくなった。主人公の浅野君にとっては想定外、コントロール外の要素もあり、気の毒な側面が多いが、こうしたことはしばしば起こりがちだ。

 人間は自尊心の生き物である。どんな人間でも、口にこそ出さないものの、最も大切かつ最も正しいのは自分であり、他人は自分をそのように扱う義務があると考えている。たとえ明らかに間違ったことをした場合でも、「自分がそんなことをするわけない」と、傍目には見苦しい理由付け(合理化)さえしようとする。そうした人間に対して、(たとえ本当のことであったとしても)間違いや落ち度を公然と指摘したりすれば、態度を硬直させ、非協力的になるのは必然の帰結だ。

 実際のところ、ビジネスパーソンが怒りを覚え、合理的な判断ができなくなる(あるいは頭ではわかっていても、心理的に受け入れようとしなくなる)原因は、突き詰めれば「自分の存在が無視された、あるいは軽んじられた」「不当に扱われた」「メンツを潰された」「自分の立場、存在意義をわかっていない」などに集約される。つまり、本来自分が受けるべき(と考えている)扱いを受けられなかったことで自尊心を傷つけられ、感情を害し、合理的な利害を度外視してしまうのである。こうした事態は、内容そのもの(WHAT)に関してもさることながら、どのように扱われたか(HOW/WHEN/WHERE/WHO)に関して起こることが多い。

 こうした状況になると、本来交渉の焦点となるべき内容そのもの(WHAT)の妥当性などは吹き飛んでしまう。個別案件について多少の合理的利得を得るよりも、自尊心を維持することの方がはるかに大きな価値を持つと思い込むようになるからだ。