麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく連載小説。今回は、金融政策の拡張可能性について。(佐々木一寿)

「金融政策は経済学的に結構公平でスマートな方法だけど*1、景気対策としてはちょっとヨワいところもある。景気後退が深刻なときには、多少不公平になるかもしれないけど実行力を伴う財政政策がやっぱり必要になる*2、ということはわかりましたが」

*1:財政政策にくらべて、金融政策は経済主体に中立的に作用する。詳しくは第21回を参照
*2:金融政策にくらべて、財政政策は需要を直接的に喚起することができる。詳しくは第21回を参照

 経済学部に進学する新入生のケンジは、前回までの研究員たちの議論を頭のなかで整理しながら疑問を投げかける。

「政策金利を下げられるだけ下げちゃったら*3、じゃあもう、金融政策の出番はないんでしょうか?」

*3:政策金利の決定は中央銀行が行うが(日本銀行では政策委員会)、景気刺激対策としては一般的に金利を下げる。詳しくは第22回を参照。

 ケンジのスポンジのような吸収力に感心しながら、レクチャー役を主任から押し付けられている末席研究員は答える。

「ないといえばないかもしれないし、あるといえばあるといえる」

 おお、まるで仏教の「空」の概念のようじゃないか。甥に嫌われたくないばかりにレクチャー役を末席に押し付けた主任研究員の嶋野は、末席の問答にしきりに感心しているが、肝心のケンジはといえば、煙にまかれたような表情で、納得のいかなさを隠しきれていない。

 両者を気にせずに、末席は続ける。

「それだと答えになっていないんじゃないの?とケンジくんは思ったかもしれませんね。ただ、現在進行形で実際に研究者の間で繰り広げられていることを要約すると、ほんとにこんな感じなんですよ*4

*4:金融政策の効果をより限定的に見る立場と、より積極的にできることはある、という立場がある

 えーっ、ただでさえ面倒そうな経済学をこれから4年もかけて学んだとして、得られる結論がそれって、なんだかすごいモチベーション下がるんですけど、と言いたげなケンジの表情を見て、束の間の瞑想の境地から復帰した嶋野がすかさずフォローする。

「つまり、その意味で、その要約はある種の現実を物語っているといえなくもない。ただ、それにはそれぞれの立場からのそれなりの理由もあるんだよ…」

 モヤモヤした言い方に、オトナの事情を嗅ぎとったジェームス・ディーンのような気持ちになりながら、ケンジは訊ねる。

「それぞれの立場ってどういう人で、どういう理由があるっていうんですか。だって、(金融政策を行う)中央銀行はひとつしかないわけですよね」