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30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由
【第14回】 2015年3月10日
著者・コラム紹介バックナンバー
杉本宏之 [起業家]

起業家対談シリーズ第5回 田中良和
友の苦しみになぜ気づけなかったのか、と涙が流れた
田中良和×杉本宏之【前編】

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韓国での出版も決まった『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』の著者である起業家・杉本宏之氏が、本書の中にも登場する起業家たちと語り合う。第4回はグリー株式会社の創業者である田中良和氏の登場だ。(構成・寄本好則 写真・寺川真嗣)

「怪しいヤツ」と
「明るいオタク」が
それぞれの第一印象

編集部 田中さんはゲームやSNSのネット関連。杉本さんは不動産。おそらくは取引もない会社の経営者でありながら、同世代の起業家として親しい間柄であることが、本書の中でも語られています。そもそも、どんな風にお知り合いになったんでしょう?

田中 僕が会社を立ち上げたのが27歳くらいの頃で、杉本さんが中心になって立ち上げた20代の経営者が集まる会で知り合ったのがきっかけです。

杉本 会のメンバーは50人から60人くらいはいましたね。1回目のゲストが、サイバーエージェントの藤田さんと、テイクアンドギヴ・ニーズの野尻さんでした。その中で、田中さんやドリコムの内藤さんたちと一緒に理事を務めたんです。当時は、グリーも私の会社もまだそんなに大きくなかったですが、結果的に、理事をしていた3人の会社はみんな上場しましたね。

田中良和(たなか・よしかず)[グリー代表取締役会長兼社長]1977年生まれ。日本大学法学部を卒業後、ソニーコミュニケーションネットワーク株式会社(現:ソネット株式会社)を経て、2000年2月、楽天株式会社に入社。2004年2月に個人の趣味としてGREEを開発。同年10月、楽天株式会社を退社。同年12月、グリー株式会社を設立し、代表取締役に就任。2014年9月、代表取締役会長兼社長に就任。

田中 当時はまだ会社を立ち上げたばかりで、数人のメンバーで楽しくやっている感じでした。ただ、杉本さんの第一印象は「怪しいな」でしたけど(笑)。

杉本 ははは! そうなんだ?

田中 だって、若くして不動産業界で成功するっていうことのイメージがまったくわからなかったですからね、。デベロッパーって大企業のイメージしかないけど、なんだかうまくいってるっぽいし、なんなんだろうこの人は? って。

杉本 僕のほうは「明るいオタクだなぁ」と思ってました(笑)。でも、楽天やめて自分でサービス立ち上げて起業して成功してやるんだという意気込みに、惹かれるところがあったんでしょうね。

田中 杉本さんと二人で韓国へ旅行に行ったことがあったよね。何するの? って聞いたら、韓国の不動産マーケットの状況が知りたいからって。街中の不動産屋さんに勝手にずんずん入っていって。「韓国語話せるの?」「話せない」「は?」みたいな。

杉本 通訳を頼んであったんですよ。当時、不動産ファンドブームが始まる中で、韓国はまだマーケットにグローバルな資金が流れ込んでいなかったし、商習慣や不動産取引が日本と似ていて、やりやすそうだから一度見ておこうと。田中さんに「暇そうだし、一緒に行こうよ」って誘うと「暇じゃないよ」って言いながら一緒に行ってくれました。

田中 それまでは同年代の飲み友達っていう感じだったけど、あの旅行の間、ビジネスのことをいろいろ話すことができたんだよね。韓国がなぜいいのかとか、キャップレートの読みだとか。僕は観光旅行みたいなものだったけど、初めて行った韓国の街の雰囲気を感じることができたのは有意義だった。

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杉本宏之(すぎもと・ひろゆき) [起業家]

1977年生まれ。高校卒業後、住宅販売会社に就職、22歳でトップ営業となる。2001年に退社し、24歳でエスグラントコーポレーションを設立。ワンルームマンションの分譲事業を皮切りに事業を拡大し、総合不動産企業に成長させる。2005年不動産業界史上最年少で上場を果たす。2008年のリーマンショックで業績が悪化、2009年に民事再生を申請、自己破産。その後再起し、エスグラントに匹敵する規模にグループを育て上げた。

 


30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由

業界の風雲児として急成長企業を育て、最年少上場記録を打ち立て、最高益を叩きだした矢先、リーマンショックで巨額負債を抱え破たん。どん底から再起動へと歩む起業家は、失敗から何を教訓とし、迷惑をかけながら支えてくれた人々に何を伝えるのか? 本連載では、『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』の一部を順次掲載していきます。

「30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由」

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