光のあたらないところで、生きている人たちがいる。

 東京都に住む松橋道子さん(39歳)は、戸籍上は女性だが、性自認でいうと女性ではなく、また男性でもない。

 そんな松橋さんには、身近に、ひっそりと亡くなった2人のゲイの知人がいた。

 その1人、Aさんは、松橋さんが派遣社員として働いていた先の福利厚生の施設などを提供する企業の同僚で、1歳年上。配属先のオペレーター全員が非正規で、主に社員がやりたがらないようなクレーム処理を扱っていた。

派遣社員ながら毎月100時間残業
クビを恐れたある真夏の日にゲイの同僚が…

 Aさんは、以前から高血圧で入院歴があり、「あまり無理すると、今度入院したらアウトだよと言われてんだ」と、職場で話していた。そのことは派遣先にも伝えていたという。

 毎日、残業で深夜、一緒に帰宅していた。

 松橋さんは舞台俳優をしていた。Aさんも仕事の傍ら、音楽事務所を立ち上げ、いつか本業にしたいと夢を語っていた。お互いに励まし合いながら、働いてきた。

 そんなお盆前の繁忙期。会社は、現場に意見を聞くことなく、予約で使っているシステムをすべて入れ替えると発表した。

 システムを使ってみなければ、どのような不具合が起こるかもわからない。

 松橋さんは、自らの公演に出演するため、1週間休みを取った。Aさんは「(松橋さんの)お芝居を観に行くのが楽しみ」と言ってくれた。でも、結局、観に来てはくれなかった。

 職場に戻ると、Aさんは無断欠勤を4日間続けていた。

 職場では「あのやろう、バックれやがって」と評価が最悪な状態になっていた。

 派遣会社が自宅を訪ねたところ、Aさんは亡くなっていた。会社に行こうとしていたのか、下着姿で玄関のドアにもたれかかるようにした状態で、死後1週間が過ぎていた。

 真夏だったため、遺体の損傷が激しく、顔の判別もつかないような痛んだ状態。だから死因も特定できなかった。

 調べてみると、当時、松橋さんもAさんも、残業時間は100時間を超えている。明らかに過労だった。

「残業を断わったら、クビになるのではないか」

 そんな恐怖から、残業を断れる雰囲気はなかったという。2人は、無理に無理を重ねて仕事を続けてきた。