綿密に計画を練り上げて意思決定をしたはずなのに、気がついたら違う行動をしていた、という経験はないでしょうか? 勉強やダイエットを決意したのに翌日にはサボり、老後のために立てた貯蓄計画は日々の散財でダメになり、顧客ロイヤルティを高めるための新しいマーケティングプランはまったく逆の結果に終わり……。
そう、私たちは往々にして、当初思い描いた計画から「脱線」し、そのせいですぐそこにあったはずの成功を逃してしまいがちです。
「私たちの意思決定は、なぜこれほど頻繁に脱線してしまうのだろうか?」
「どうすれば、軌道から外れないようにできるのか?」
『失敗は「そこ」からはじまる』でこの疑問に答えた、研究者にしてコンサルタントが、「あと一歩」でしくじってしまった人や企業の事例から解き明かした意思決定の原則から、「とっておき」をピックアップしてご紹介します。
なぜ「世界のウォルマート」はドイツで大失敗したのか?
あなたはきっと、こんなふうに考えていることだろう。
実生活では、重大な決定(老後のための蓄えをどう投資するか、提示された働き口を受け入れるかどうか、恋人にはどうプロポーズするのが最善か、といった決定)を下す際には、他者の有益な助言を無視したりはしない。その決定について自分と同等、もしくはそれ以上の知識を持った人の意見には耳を傾けるだろう。彼らに相談し、それぞれ独自の意見を求め、慎重に検討し、自分の考えと彼らの意見を合理的に比べてから、意思決定を行うはずだ、と。
ところが実際には、そうしないことは請け合いだ。
それを裏づけるために、CEO(最高経営責任者)らの経営陣が同僚や同輩、その他の関係者の助言に耳を貸さず、痛い目に遭った話が新聞でしばしば報じられるという事実を挙げよう。
たとえば華々しい成功を収めていたウォルマートは2006年、ドイツでは不首尾に終わった。ウォルマートは一見すると無敵のビジネスモデルを携えてドイツに進出したが、そのモデルはたちまち行きづまり、同社はドイツ国内の店舗を赤字覚悟で売却しはじめた。目を覆うような惨状だったので、ウォルマートの大失敗は、リーダーはこうふるまってはならない例としてさまざまな教科書に取りあげられているほどだ。
ウォルマートはドイツで数々のミスを犯した。だが私の目を引いたのは、ウォルマートのCEO、H・リー・スコットら、上級のエグゼクティブが、営業時間や価格設定に関する法律を含め、ドイツの法律や企業文化の複雑さにまつわる、ドイツ人中間管理職たちの助言を無視した事実だ。ドイツの管理職たちは、ウォルマートの経営幹部よりも地位は低かったが、ドイツで物事がどう行われるかについては、明らかに知識も経験も豊富だった。それにもかかわらず、彼らの助言は無視された。
これはビジネスの世界に限ったことではなく、助言を無視したのが高くついたという話は、政治、医療、教育など、ほかの分野でも見つかるし、個人の経験にも及ぶことは言うまでもない。たいていの人は、これまで何らかの折に、禁煙するようにとか運動をするようにとかいった医師の助言を無視した経験がおそらくあるだろう。同様に、ワシントンの政治家たちは、予算編成で大鉈を振るうようにとか、互いにもっと協力するようにとかいった助言を繰りかえし無視している。