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黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史

“価値観共有”を強いる会社でダメになる社員たち

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第5回】 2015年3月3日
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 ここ十数年、「価値観共有」を唱える企業が増えている。経営者をはじめ、社員たちが志を1つにして仕事をし、組織の発展を願うものだ。企業の経営を考えると当然のことなのだろうが、筆者が取材を進めると、ここにもホンネとタテマエの病巣が見える。今回は、その暗部を摘出したい。


「ウチらは……」「ウチの会社は……」
元不動産会社社員が覚えた違和感の正体

 ここは、創業50年を越える不動産会社(正社員150人)。業績はここ二十数年、一貫して横ばい状態が続く。

 恒例の行事が始まった。退職する社員が様々な部署を尋ね、別れの挨拶をするものだ。聞くところによると、1970年代から続いているらしい。今日は、営業課に籍を置いていた福本(32歳)が退職する。180センチ近い背を少し折り曲げて、のそのそと経営企画室に現れた。かすかに聞こえる声で、「お世話になりました」とつぶやく。

 室長(課長級)は椅子に座ったまま、「おお……」と小さな声をかける。やりとりはわずか数秒。福本が拍子抜けした表情で、「はあ……」と答える。「頑張れよ」などと、踏み込んだ言葉を求めていたのかもしれない。非管理職の数人は黙ったまま、数秒頭を下げて会釈をする。あれほど親しかったのに、いざ辞めるとなると、みんながよそ者のように扱う。

 福本は総務部、経理課なども回り、150人ほどの社員に挨拶をした。それぞれの部署の管理職は、「おお……」と声をかけるだけだ。非管理職たちは上司から命令を受けているかのごとく、黙ったまま軽く会釈をする。一切話そうとしない。

 福本はこの会社に新卒で入社し、10年近く勤務した。辞表を出して社内に挨拶回りをすることについて、数日前から緊張していた。しかし、拍子抜けした。

 「会社って、何だろうと思った。10年いて、たったこれだけ。在籍中は、社長や役員は『みんなで心を1つに』とか『価値観を共有しよう』といつも話していた。だけど辞めるときは、完全なよそ者扱い。つくづく、ウチとソトの意識を感じた」

 かねてから、社員たちが自社のことを「ウチ」、他の会社のことを「ソト」と考えているように感じていたという。たとえば、会議の場や職場で話し合うときに、決まって「ウチらは……」「ウチの会社は……」と社員が口にするのを聞いた。社長や役員も集会や忘年会で、「ウチは……」と連呼する。社内報にも、多くの社員たちが「ウチの会社は……」といった言葉を書く。これらは、徹底していたようだ。福本には、その姿が特殊な宗教団体に見えることすらあったという。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史

 ここ10数年の間に社会環境が大きく変わり、人々のホンネとタテマエに対する価値観が揺らぎ始めている。それを具現化しているのが、今の企業の職場ではないだろうか。これまでは、ホンネとタテマエが絶妙にバランスしながら、人間関係が維持されてきた。しかし、企業社会において生き残り競争が激化し、「他人より自分」と考えるビジネスパーソンが増えるにつれ、タテマエを駆使して周囲を蹴落とそうとする社員が増えている。

 誰もが周囲を慮らなくなり、悪質なタテマエに満ち溢れた職場の行きつく先は、まさしく人外魔境。そこで働く社員たちは、原因不明の閉塞感や違和感、やるせなさに苛まれながら、迷える仔羊さながらに、次第に身心を蝕まれて行く。この連載では、そうした職場を「黒い職場」と位置づけ、筆者がここ数年間にわたって数々のビジネスパーソンを取材し、知り得たエピソードを基に教訓を問いかけたい。

「黒い職場の事件簿~タテマエばかりの人外魔境で生き残れるか? 吉田典史」

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