賃金・所得の動向は、国民生活のみならず、日本経済が「好循環」に入れるかどうかの鍵を握る重大事項である。今春闘ではベースアップ(ベア)実施やボーナスの満額回答が相次ぐなどで、状況は明るいとの見方が多い。政府は、これから山場を迎える中小企業についても、賃上げを促すべく後押しする構えだ。だが、クレディ・スイス証券の白川浩道チーフ・エコノミストは、賃金も雇用も、先行きは楽観できないと指摘する。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集部 河野拓郎)

賃金は下げ止まったにすぎない
所得も雇用も今後は伸びが鈍化する

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──春闘では、全体の賃上げ率が2.36%、ベアが約0.6%となりました(連合・第2回集計)。この状況をどう評価しますか。

 想定よりも若干良かったですね。所定内給与(基本給など)で見て、前年度比0.6~0.7%の上昇となるイメージです。昨年度はほぼ0%であったとみられるので、一応、前進と言えます。

 ただこれは、給与水準という点では2012年度並みに戻ったにすぎません。賃金の下落が下げ止まったことを確認できたとは言えますが、明確に賃金、あるいは家計所得が上昇し始めたと言うのは、少し大げさではないかと思います。

──本当に賃金の伸びが定着するかどうかは、まだ楽観できないと。

 2つ、問題があります。

 第1に、労働時間の減少です。昨年は、経済全体で労働時間が前年比0.3%減っているのですが、今年はもっと減る。おそらく倍のペースの−0.6%くらいになるのではないかと思います。労働時間が減れば、家計の所得は伸びにくくなります。

しらかわ・ひろみち
クレディ・スイス証券 チーフ・エコノミスト、経済調査部長。1983年慶応義塾大学経済学部卒業。日本銀行、OECD(経済協力開発機構)、UBS証券を経て現職。内閣府「日本経済の実態と政策の在り方に関するワーキング・グループ」委員。著書に『世界ソブリンバブル 衝撃のシナリオ』、『危機は循環する デフレとリフレ』、『消費税か貯蓄税か』、『日本は赤字国家に転落するか』、『孤独な日銀」など。

 第2に、雇用者数の伸びも鈍化する可能性が高い。昨年、雇用者数は0.8%増加しましたが、今年は増加が止まるとみています。公共事業のピークアウト、消費税増税の後遺症としての消費伸び悩みが主たる背景になるでしょう。製造業は輸出拡大で雇用が増える可能性がゼロではないのですが、建設業を含めた非製造業ではおそらく雇用の伸びが落ち、家計所得全体を抑制することになるでしょう。

 パートタイマー比率の上昇ペースが再度高まるのではないかとみられます。昨年は、パートタイマー比率の上昇幅は0.3%ポイントでしたが、以前は年に0.6~0.7%ポイント上がっていました。つまり、昨年は上昇ペースが鈍化したのですが、今年は再び上昇ペースが加速するだろうと思います。非正規雇用者の比率は昨年も上昇を続けましたが、今年も淡々と上がっていくでしょう。

 方向性としては、パートタイム労働者などの非正規雇用者の比率が増えて、正規雇用者の残業時間が減るということです。