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ニッポン 食の遺餐探訪

あの英国人一家も驚嘆!?
日本料理に欠かせない小道具「うちわ」の凄さ

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第32回】 2015年7月1日
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好みのうちわを選ぶのも楽しい

 数年前、『英国一家日本を食べる』(マイケル・ブース 亜紀書房)という本がベストセラーになった。イギリスのフードライターが家族とともに日本に滞在し、外国人の視点で日本の食文化を語る紀行文である。

 序盤に新宿の思い出横丁で焼き鳥を食べた著者が感心するくだりがある。著者は自分にとってバーベキューはいつも心配の種で、焦がしてしまいがち──なのだけれども、日本人は炭火の扱いに長けている上に、すばらしい工夫をしている、という。それはあらかじめ肉を小さくカットしていることだ、と。なるほど外国人の目から見れば焼き鳥という調理法もそうした工夫に見えるのか、と新鮮で、他にも「ふむふむ」と思うところの多い本だった。

 日本料理ブームもあって世界に広がる炭火焼き。残念ながら著者は気づかなかったようだが、一緒に紹介したい道具がある。それが「うちわ」だ。職人は風を操ることで、火力と煙の方向を巧みに調整しているからである。

鰻や焼き鳥を美味しくする
「越生うちわ」にしかできない芸当

さりげなくおかれた石碑。うちわは野口雨情の歌にもある名物である

 埼玉県越生(おごせ)。関東三大梅林の一つ、越生梅林で有名なこの地は街道の要衝、江戸時代は行楽地として知られた。越生駅から越生町の観光センター〈里の駅・おごせ〉に向かうと、(越生)「渋団扇発祥の地」の石碑が立っている。町民文化の発達とともに全国各地でうちわが生産された江戸時代、越生のうちわはその名が全国に知られていた。

 うちわは夏の風物詩。現在でも花火大会など夏の風情を楽しむ光景には欠かせない道具だが、実用品としての側面もある。全国各地、それぞれの個性のあるうちわがあるが、鰻や焼き鳥を焼くのに一番、適したものを探し、辿り着いたのがこの越生うちわだ。

 石碑からほど近い場所にある『うちわ工房 しまの』の五代目、島野博行さんからお話を伺い、うちわの製造工程を見学させていただいた。

 かつてここ越生では50軒の工房があったという。明治初期には年間43万本が生産されていたというから、相当な規模だ。ところが昭和30年代には扇風機が、40年代半ばを過ぎるとクーラーが普及し、キッチンでもガスコンロの普及が進みうちわの需要は減少。また竹を使ったうちわはその生産性の低さからポリプロピレン製のポリうちわに置き換わっていった。現在、越生でうちわを製造しているのは『うちわ工房 しまの』ただ1軒だけになった。

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樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

「ニッポン 食の遺餐探訪」

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